第九十三話 心節くん、水泳の準備をする
心節視点です。心節の立ち位置はフリーカメラマンです。
今週から水泳の授業が始まる。オレ及びオレの友人で泳げないやつはいないらしいので、授業中に誰かが溺れるというイベントは起きなさそうだった。
(別に起きて欲しくはねーが。それよりも問題は彩芽の着替えと水着についてだ)
これまでの体育の授業では彩芽だけ別の空き教室に行くことで着替えを見ずに済んでいたが、水泳ではそうもいかない。
(アイツ、休み明けから楓とのバカップルぶりがパワーアップしてるせいか妙に色気づいて、妖しさが増してるんだよな)
そんな青少年の敵みたいなやつが同じ場所で着替えたり、上半身裸でいたのなら、鼻血で更衣室やプールが事件現場になっちまう。
(『血に濡れた更衣室』や『紅に染まるプール』とか、どこの七不思議だっての)
カメラが趣味だからゴシップネタは嫌いじゃねーが、身内が原因のものは反応に困る。新聞部が調査していた『空き教室の少女』と『彷徨う幼女』というネタも、彩芽と楓が原因だったのだ。
『空き教室の少女』は彩芽が空き教室で着替える際にカーテンを閉め忘れ、彩芽のことを知らないやつに着替えを見られたのが原因だ。『彷徨う幼女』の方は単純に楓が校舎内で道に迷い、泣きながら彩芽を呼んでいたというものだ。どちらも新聞部が調査に乗り出したが一日で解決し、真相よりも二人の存在そのものが話題になりそうだったため、急遽特集記事に差し替えられた。
(アイツら、何もしてなくても騒動のネタになるんだよな。ともかく、こんな短期間で友人が校内新聞の一面を連続で飾るとか嫌だぞオレは)
そのためには、水泳の授業をどうにか凌がなければならない。不参加にさせるのが手っ取り早いが、楓の前でサボりたくないらしいのでそれは難しい。
(まあ、考えても仕方ねーし本人と相談だな)
休み時間に彩芽を連れ空き教室まで移動し、普通に水泳の授業に参加したらまた新聞部に取材されるぞと脅しつけ、危機感を抱かせる。
「やっぱりそうなる?」
「当たり前だろ。体操服ですらアウトなんだ。水着は考えるまでもないだろ」
「いや、僕も薄々思ってたから、海パン以外の水着があるのか尋ねたんだよ。そうしたらこんなの勧められた」
黒板に水着の絵を描く彩芽。上下セットのもので、ボーダー柄がどこか囚人服っぽくて古くさい。
「......いつの時代の水着だ?」
「僕もそう思った。でもこれがベストかなって。体のラインも出にくいし」
学校側もネタで用意したのだと思われるが、彩芽に着せるならこのくらい突き抜けたものの方がいい。
「確かにな。これに水泳キャップとゴーグル着けるわけだから、水着が脱げでもしない限りプールが血に染まることはねーな」
「ねえ、おかしいこと言ってるの自覚してる?」
「自覚はある。が、性別が行方不明なお前が言うな」
「僕男だよ!?」
彩芽の抗議は無視だ。大体誰のためにやってると思ってるんだ。まあいい、時間もねーからもう一つの大問題、着替えについてだ。
「さすがに更衣室以外で着替えるのはマズいよね?」
「あらゆる意味でな。お前だけ時間を多少ずらして入るのが一番だが」
「授業の始まりはいいけど、終わりの方がちょっとね。移動教室だった場合遅刻しそうになるし、直後に水泳があるクラスに迷惑がかかる」
「そうだな。だが一番の問題は、直後に入ってきた男子がお前の裸を見て更衣室が血に染まる恐れがあるってことだ。それじゃ本末転倒もいいところだ」
むしろ多少耐性のあるクラスメートより、知らないクラスの男子の方がそうなる可能性は高いだろう。そうなると、彩芽だけあとで着替えるのはリスクがありすぎる。
「逆に彩芽が先に入っててもな。着替え終わるまで待たねーと血染めだしな」
「それは申し訳ないから、最低限シャツとパンツだけ着たらみんな呼ぶよ?」
「お前、それ体操服よりやべーのわからないのか?」
「じゃあカッターシャツも追加で。丈が合わなくてパンツが隠れちゃって、裸ワイシャツみたいになるけど」
「却下だバカ。お前ワザとやってねーか?」
「そんなことないよ」
どうだか。コイツ人をからかって遊ぶ小悪魔の才能があるからな。しかし下手に時間をずらせねーとなると、どうするか。いや、あれなんかいいんじゃねーか?
「あとは......あれでも使うか?」
「あれって?」
「ほら、小学生の頃水泳で着替えるのに使った、巻きタオルのことだ」
あれを使えば肌を見せず着替えられる。通常のタオルより小さいのと、見た目があれなため中学ではあまり使ってるやつはいなかったが、小柄な彩芽なら何とか大丈夫だろう。
「高校生にもなってあれ使ってるって、子供っぽく思われるよね?」
「そのくらいは堪えてくれ」
「わかってるよ。でも僕だけだと恥ずかしいから、かえちゃんにも使わせよう。僕は見られないけど、きっと可愛いんだろうね」
「哀れ楓。強く生きろよ」
事情も知らず巻き込まれる楓を哀れみながら、教室へと戻った。数日後、本当に巻きタオルを使い着替える彩芽の姿を目撃し、男子一同腹を抱えて笑うこととなった。いや、似合いすぎだって!
「そんなに笑わなくてもいいじゃない」
「いや、自分でも確認してみろよ?」
手鏡を取り出し自らの姿を確認した彩芽も、堪えきれずに吹き出していた。なっ、わかっただろ?
お読みいただきありがとうございます。




