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第八十九話 彩芽くん、楓ちゃんと画材店でデートする

デート回です。三話か四話続きます。

 五月の最後の休み、僕はかえちゃんをデートに誘った。いきなり当日の朝に誘うという駄目さではあったが、それでもかえちゃんは喜んでくれたため、膝に乗せて感謝のなでなでをしてあげた。


「はぅぅ///」

「ごめんね、駄目な彼氏で」

「そんなことないです。あやくんは素敵な彼氏です!」

「ありがとう。でも悪いところは悪いところで指摘してね。とことん甘えちゃうから」

「わたしはそれでもいいですけど」

「僕がよくないの」


 かえちゃんの優しさに甘えすぎると、何も出来ない駄目人間になってしまいそうなので、そこは譲れない。


「でしたらその、デートにお誘いいただけるのは嬉しいですけど、当日言うのでしたらせめて家事が終わってからにしてほしかったです」

「どうして?」

「家事をせずにすぐにお出かけしたくなりますから」


 かえちゃんの答えに納得した。別に家事はあとでしようと思えば出来なくもないけど、実際後回しにするとやりたくなくなるんだよね。


「それに織姫さんと彦星さんみたいに、することをしなくなったせいであやくんと離れ離れになりたくありませんから」

「確かにそうだね。じゃあ、やることやっちゃおうか」


 二人で掃除と洗濯を終わらせ、自分の部屋で服を選ぶ。仏像シャツはかえちゃんに不評なので別の服を選んだ結果、無難な格好に落ち着いた。


(戸締まりも大丈夫、あとはかえちゃんを待つだけだ)


 真っ白なニーソックスはいつもと同じだけど、明るい色のセーラーシャツにミニスカートという出で立ちのかえちゃんが部屋から出て来た。ちょっと背伸びして中学校の制服を着た小学生って印象だけど、小中と一緒の学校に通えなかった僕としてはとても嬉しくて、気付けば彼女を抱きしめていた。


「あ、あやくん!?」

「可愛いよかえちゃん」

「はぅぅ///」


 かえちゃんの抱き心地を堪能したのち、二人で腕を組みながら家を出た。


「あの、今日はどちらにお出かけでしょうか?」

「かえちゃんが彫刻刀を買ったお店に行ってみたいんだけど、お店の場所知らなくて。案内してくれると助かるかな?」

「わかりました。駅前広場の近くですので、まずは駅まで行きましょう」


 駅前広場と聞き、かえちゃんとより強く密着した。あの辺はナンパ多発地帯なので僕とかえちゃんの両方を不届き者から守るためだ。かえちゃんは僕の突然の行動に照れて動揺したものの、嫌がる素振りは見せなかった。


「駅前のお店って、かえちゃんの行動範囲の外だよね? どうしてそこで彫刻刀を買おうって思ったのかな?」

「実はそのお店ってお父さんの知り合いの画材店で、たまに連れられて行ってたんです。ホームセンターに売ってるよりもいいものを置いているって聞いたことがありましたのでそこで買いました」


 なるほど。プレゼントに貰ったときからずっと、かえちゃんと彫刻刀が頭の中で繋がらなかったけど、これで謎が解けた。しかし別の疑問が生まれた。


「そうなんだ。ところで一咲さんはそのお店に何の用事があったのかな?」

「さあ? それはわかりませんけど、買った物をお母さんに渡していましたので、多分方向音痴のお母さんの代わりに行ってたのだと思います。ここから右に曲がります」

「わかったよ。それにしても紅葉さんと画材か」


 紅葉さん、主婦以外に副業でもしているのだろうか。まあうちも母さんが非常勤の看護師だったりするけどそれはどうでもいい。駅前広場に着き、かえちゃんに指示され路地へと入っていく。


「気になるなら今度聞きましょう」

「そうするかな。というかかえちゃんはどうして知らないのかな?」

「聞いても教えてくれませんでした」


 どうしよう、何だか聞くの怖くなってきた。うん、戻ってきたときに思いだしたらでいいや。路地を抜けるとやがて小さな画材店が見えて来た。その店にかえちゃんと連れだって入店し、出迎えてくれたのは三十代後半の優しげな女性だった。


「いらっしゃい。楓ちゃん髪切ったんだ。その子は友達かな?」

「はい。わたしの大切な人です。あやくん、こちらは笹野さんです」

「初めまして笹野さん。佐藤彩芽と申します。こんななりですが男で、今かえちゃんとお付き合いさせていただいてます」


 笹野さんは僕の見てくれと実際の性別を聞き、確かめるように何度も視線を往復させ、人体の神秘と呟いた。そんな大袈裟なものじゃないですって。


「ごめんね、それで彩芽さん、うちの店に何か用があって来たんだよね?」

「はい。誕生日に楓さんに彫刻刀をプレゼントされまして、使い勝手が大変良好でしたので他の種類も購入しようと思い訪ねました」

「ご丁寧にありがとう。なるほど、だから菖蒲の花をあしらうように注文したわけか。実際に使ってくれているなら嬉しい限りだよ。ねえ、作った作品とかないかな?」

「あの彫刻刀で作ったものではないですが、一応持ってますから出しますね」


 荷物からうさぎの木彫りを取り出して笹野さんに渡した。アヤメの出来に不満があって量産したうちの一羽で、いわゆる習作というやつだ。とはいえ趣味の範囲なので、練習と本番に大した違いはないのだけど。


「なるほど、ふーん。ありがとう」


 笹野さんは木彫りを様々な角度から観察し、やがて満足したのか僕にうさぎを返して総評を伝えてくる。


「作りも丁寧だし学生の作ったものとしては出来がいいって思うよ。でもこれ、習作だよね?」

「見ただけでそこまでわかるんですね。確かにこれは最初に作ったうさぎが不格好だったので、技術向上のために作ったものの一つです」

「だったらそれも見たいね。よかったら持ってきてよ」

「かえちゃんにプレゼントしたので、本人の許可があれば」

「あの、元々はあやくんが作ったものですので、いいですよ?」


 許可が出たので、近いうちにアヤメとカエデを笹野さんに見せることに決まった。


「楽しみにしてるよ。彫刻刀だったね。楓ちゃんが買ったものと同じとこのでいいかな?」

「はい。切り出し刀をお願いします」


 値段が結構したので、比較的用途の多いものを選んだ。そして、誕生日プレゼントにそれだけの金額を使ってくれたかえちゃんに改めてお礼を告げた。


「その、プレゼントは値段ではなくてお気持ちですから」

「そうだけど、さすがに悪いなって思う値段だったからさ」

「彩芽さん、実は彫刻刀に菖蒲の花を彫ったのも有料サービスだからね。これにも入れる? その分受け取りは後日になるけど」

「そうですね。お願いします」

「あの、せめてそのお金はわたしが......」

「仲睦まじくていいね」


 最終的に彫刻刀本体は僕が、装飾代はかえちゃんが支払うことになり、そのまま画材店を出たのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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