第八十三話 彩芽くん、みんなと木彫りする
木彫り体験について説明を受け、僕達は彫刻刀片手に木の皿の表面を彫っていた。木の皿にそれぞれ思い思いのデザインを施し、世界に一枚だけの皿を作るのというテーマで行うもので、デザインは事前に決めているため、あとは彫るだけとなっている。
「わたしにも出来るでしょうか?」
「アタシも、ちょっと不器用だから不安があるわ」
「そんなに凝ったものにしてないなら大丈夫だって」
自信なさげなかえちゃんと芹さんを励ます。充分な時間は取ってあるため、木彫り初心者でも完成させられるはずだ。デザインを事前に提出させたのも未完成で終わらせるのを防ぐためだ。
(もちろん、手抜きしても評価されないけど)
完成品は自宅に届くため手を抜いたら一発でバレる。その上芸術科目の評価に響くのでみんな真剣にやっている。百合さんと牡丹さんが一言も話さずに木皿と向き合っているのがその証拠だ。
(僕もそろそろ始めようかな)
事前に決めたデザイン――うさぎのアヤメとカエデを描いた皿を作り上げるため、僕は彫刻刀を振るい始めた。
(ふぅ、これで出来た)
どれだけの時間が過ぎたかわからないが、完成した皿を置いて一息ついた。デフォルメされたうさぎ二羽がじゃれ合うというコミカルな構図を、木の皿にキッチリと彫り込んだ。ただ、これだけだと寂しい。
(そうだな、菖蒲の花でも追加しよう)
サイン代わりに書いたり彫ったりして慣れているので問題ない。そうして時間一杯まで掘り続けた結果、菖蒲の花畑で戯れる二羽のうさぎという、よくわからない図柄となった。
「よし、出来た」
「あ、あやくん。終わりましたか?」
「うん。かえちゃんは終わった?」
「少し前に......」
そう言ってかえちゃんが見せてくれたのは、紅葉があちこちに散りばめられた皿だった。ところどころ歪んでたりしているが、頑張ったのは伝わってくる。対してかえちゃんは僕の皿を見て嬉しそうにしていた。
「あやくんのお皿は、すごくあやくんっぽいです♪ これってアヤメくんとカエデちゃんですよね?」
「うん。テストとか重なってカエデがまだ完成してなかったから、せめてこっちでって思って。そっちももうちょっとだから、楽しみにしててね」
「はい!」
「何だよ。ようやく終わったのか」
ギリギリまで作業していたのは僕だけだったみたいで、すでに作業を終えた友達が集まってきて、僕の作品に言及してくる。
「うわ、なんだこれ? よくもまあこんなの作ったなおい」
「アタシは可愛くてこういうの好きだけど、デザインと違うもの作ったら怒られるわよね?」
「彩姫ってこういうセンスは悪くないのに、私服のセンスが終わってるのはどうしてなの?」
「これだから彩姫は」
なんだろう。褒められてるはずなのに散々言われてる気がするのは。
「そんなに言うならみんなのも見せてよ」
「もちろんだ」
心節の皿は名前の通り握り拳を大きく彫っていて迫力があった。芹さんのは可愛い猫が描かれていて、牡丹さんは三日月とキツネを彫っていた。意外だったのが百合さんで、いくつものハートマークを繋げて大きなハートマークを形作っていた。それも一つ一つ正確に彫っていたのだ。
「心節さんの、すごい迫力です」
「だろ? インパクトで勝負してみた」
「心節らしいね。芹さんも言うほど出来ないわけじゃないんだね」
「アドバイスのおかげよ。それよりすごいのは百合さんよ。こういう才能あるんじゃない?」
「彩姫と比べたらさすがにちょっとね。デザインとしては牡丹のが綺麗だし」
「私は絵画の方が得意だから。品評はこのくらいで出しに行く」
完成品を提出したところ、デザイン画から勝手に追加したことを突っ込まれたものの、時間内に完成させたので不問となった。後日、僕と百合さん、牡丹さんの三人は美術部の生徒に追いかけ回されることになるのだけど、このときの僕達にはまだ知る由もなかった。
昼食と施設の人達への挨拶を終えた僕達は、バスに乗り込み帰還の途となった。行きと違うのは、みんな疲れていたためほとんど席に座ると同時に眠ったことだろう。
「お前ら、帰るまでが林間学校だぞ......誰も聞いてないな。まあ着くまではゆっくり休め」
僕とかえちゃんも海崎先生の言葉を子守歌に、寄り添って熟睡した。学校に戻ると日が暮れていて、本格的に暗くなる前に帰るように告げられ、解散となった。
「坂の下まで一緒に帰ろうよ」
「そうだな」
六人で坂道を下ると、いつか見た車が停まっていた。百合さんと牡丹さんの彼氏が乗っているのだろう。そう考えながら見ていると車から男性が二人降りてきて、こちらへと駆けてくる。
「菊太さん!!」
「百合!!」
「牡丹姉ちゃん!!」
「桐次くん!!」
四人は僕達の目と鼻の先で抱き合い、そのまま熱い口づけを交わした。それも、大人なキスだった。
「「「「~~っ!!」」」」
僕とかえちゃんはもちろん、心節と芹さんですらこの光景に何も言えず、ただ四人で顔を赤くして立ち尽くしていた。
「はぅぅ」
「かえちゃん、かえちゃん!?」
力なく寄りかかって来たかえちゃん。呼びかけても返事がないので気絶したみたいだ。さりとて目の前のラブラブなカップルの脇をすり抜けていく度胸もないので、かえちゃんをおんぶしてこの嵐が過ぎ去るのを待つのだった。
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