第八十二話 彩芽くん、友達と朝を迎える
初めての外泊で簀巻きにされて一夜を過ごす男の娘、それが彩芽君です。
朝になり、部屋に日の光が差し込み僕は目覚める。まだ他の男子は起きていないため、未だに簀巻きにされたままだ。寝心地は意外と悪くなかったけど、かなりキツく巻かれたため一人では布団から出られなかった。
(だめだ......もがいてみたけどぴくりとも動けない)
今の気分は浜辺に打ち上げられたクラゲ、あるいはまな板の鯉と言ったところで、自分ではどうしようもない。なので大きく息を吸い大声で救助を求めた。
「誰か助けて! 簀巻きのまま放置しないで!」
「「「うるせー!! 今解いてやるから黙りやがれ!!」」」
寝起きに叫ばれたからか、非常に不機嫌になった男子達に乱暴に解かれ、ようやく解放された。暑かったためだろうか、着ていた体操服が汗で張り付き透けてしまっていて、布団から出た瞬間にみんなから目を逸らされた。
「朝起きたときのかえちゃんみたいな反応だね」
「いいから部屋の隅でさっさと着替えてこい。全員あっち向いて、間違っても着替え見るんじゃねーぞ」
心節に言われるまでもなく、男子全員が一斉に体ごとそっぽを向いた。
(別に同性だし見られてもいいのに)
僕は渋々隅っこで体操服を脱ぎ、ジャージに着替えた。
「終わったよ。帰ったらかえちゃんと二人で洗濯しないと」
「やっとか。で、お前はその楓にほぼ半日会ってないわけだがどうなんだ?」
「一刻も早く会いたいし会ったら人目を気にせず抱きしめようかなって思ってる」
「正直だな。ならとっとと女子部屋に突撃してこい」
「うん!」
心節に発破をかけられ、女子部屋の戸を叩く。内側から扉が開かれ、対応に出て来たのは芹さんだった。朝一番でも身なりがきちんとしているのは、真面目でしっかり者の性格だからだろう。
「あら、彩芽君じゃない? おはよう。どうしたの?」
「おはよう芹さん。かえちゃん知らない?」
「楓なら起きてるわよ。楓ー、彩芽君が来たわよー?」
「あ、あやくん、おはようございま――きゃっ!」
「おはようかえちゃん」
芹さんに呼ばれ、部屋の入り口へとやって来たかえちゃん。僕は約半日ぶりに見た彼女を、正面からぎゅっと抱きしめた。突然抱かれたかえちゃんの顔は真紅に染まる。
「はぅぅ、あやくん......皆さんが見ています///」
「わかってるよ。続きは帰ってからしようか」
「つ、続きって......」
「おでこにキス、かな?」
「はぅぅぅ!!」
「「「えっ、それだけ?」」」
僕の答えに恥じらうかえちゃんに対して、外野の女子達は拍子抜けした様子だった。
「それだけですよ悪いですか?」
「ううん、二人らしいなって。それより朝食に行こうよ」
「まあいいですけど。かえちゃん、おいで」
「はい♪」
僕達は手を繋いで食堂に向かった。朝ごはんはシロップがかけられたトーストで、結構美味しかった。飲み物がコーヒーだったので、ちょっと火傷したけど。
「お前って猫舌だったんだな」
「実はそうなんだよ。だからラーメンがちょっと苦手で」
「難儀だな。だったら楓もメニュー考えるの大変じゃねーか?」
「その、わたしも同じですから」
「むしろ僕より熱いのだめなくらいだよ」
さらに、どっちも熱いもの以上に辛いものが苦手なため、唐辛子入りのお菓子を知らずに買ったときは揃って処理に苦戦していたりする。味覚が似ているのも考えものだ。
「そうか。ところで今日はどんな予定だ?」
「午前中は木彫り体験よ。それでちょっと早い時間にお昼にして、そのあとお世話になった施設の人に挨拶してから出発、学校に戻って解散よ」
「結構慌ただしいな」
「そうだね」
心節に同意する。まるで二泊三日の日程を、無理矢理一泊二日に詰め込んだみたいな印象を受けるスケジュールだ。特に昨日の、食事直後からの山歩き三時間は、かえちゃんを背負わなくてもかなりハードだったと個人的には感じた。
「正直、すごくキツい」
「確かにな。それでもオレとしては休みの次くらいには嬉しいが」
「えっ、なんで?」
「授業がないだけで万々歳な上、同じ時間芹といられるからな」
「もう、心節君! 恥ずかしいからいきなりそんなこと言わないで!」
「ちょっ、芹痛ぇって......まあ普通の同学年カップルにとっては、いいイベントじゃねーか?」
芹さんにポカポカと叩かれる心節。わざわざ普通のと頭に入れたのは、僕とかえちゃんみたいに四六時中一緒のカップルが少数派だからだろう。
「同学年以外には、これといった楽しみはないと思うけどね。百合さんとか牡丹さんとか」
「そうでもないよ。疲れて帰ってきたあたしを菊太さんが労ってくれるっていうのが」
「これは同じ場所にいたんじゃ味わえない。私も桐次くんから、帰ったら迎えに来るって言われてる」
「二人とも大人ね」
僕の発言を百合さんと牡丹さんが否定する。昨日に比べて元気なのは、終わったら彼氏に会えるからだろう。
「なるほど。ということは特別な楽しみがないのって僕達だけ?」
「そうかもな。これでお前らがいつもどれだけ恵まれてたか、少しは実感したか?」
「うん」
「はい......」
好きな人にいつでも会えるのってすごく贅沢なことなんだと、この二日間で理解した。
「さて、飯も食ったしとっとと移動するぞ」
「そうね」
「あやくん、次は木彫りですよ?」
「わかってるよ。移動しながら、みんなにコツを教えるよ」
作業中は声かけられても気付かないためである。彫刻刀の正しい使い方や彫るときの注意点などを伝え、僕達は作業室へと向かった。
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