第七十七話 芹ちゃん、オリエンテーリングを頑張る
芹視点です。以外とこの子も天然です。
学校を出てから約二時間半、バスが停車し目的地にたどり着いた。そこは山深くにある宿泊施設で、高原の学校といった印象を受ける。
「空気が美味しいわね」
「そうだな。たまにはこういう場所もいいな」
「あっ、一応電波は入るんだ」
「お前ら、とっとと集まれ」
海崎先生の引率でバスを降りたアタシ達は、お世話になる施設の方々に挨拶して、割り当てられた部屋に荷物を下ろした。
「これからの予定、何だっけ?」
「昼食のあとでオリエンテーリングよ。楓たん、着替えさせてあげるから」
「あ、あたしも手伝うよ」
「はぅぅ、一人で出来ます~」
情けない叫び声を上げながら逃げる楓だったけど、百合さんと牡丹さんにあっけなく捕まって着せ替え人形にさせられていた。
(というか楓は、体力大丈夫かしら?)
体育の授業も危うい楓に山歩きはキツいのではないだろうか。そう危惧したアタシだけど、彩芽君がサポートするだろうから心配は無用と判断した。
「はぅぅ、結局着替えさせられちゃいました......」
「満足。楓たん、可愛かったわ」
「菊太さんと一日会えないから、このくらいは楽しみがないと」
「ほら、バカやってないでお昼にするわよ? 遅れたらその分オリエンテーリングが長引くんだからね」
「「「はーい」」」
ジャージに着替えた友人達と昼食をとり、早足で集合場所に向かう。オリエンテーリングだけでも疲れるのに、その上遅れたことを理由に説教されたくない。幸いなことに間に合ったので予定通りの開始となった。
「時間だな。行ってこい」
アタシ達のクラスの順番が来て、まずはひとかたまりとなって歩き始め、やがて班ごとに分かれて行動する。一班男女二人ずつの構成となっていて、アタシ達の班はいつもの四人だ。
「芹、どういう方針で行くんだ?」
「どういうも何も、地図見ながら山登って、またここに戻ればいいだけよ」
「だな」
チェックポイントを巡り三時間以内に帰還することが目的なので、ポイント以外は道なりに行けば大丈夫だと思われる。
「ただし、楓の体力だと確実に途中で力尽きるから、危なくなったら言ってね。その分昼食で活躍して貰うから」
「はぅぅ、わたし頑張れますよ?」
「駄目よ。料理の得意な子はなるべく体力を温存しないと、お昼ご飯が大変なことになるもの」
林間学校前、各クラスの委員長がカレーをまともに作れる人が何人いるかをアンケート調査したんだけど、想定より少なかったそうだ。なので委員長から各班の班長に、料理上手な人間をオリエンテーリングで消耗させないようにとの指示が来たのだ。
「その理屈だと、芹も疲れたら駄目だろ?」
「アタシは鍛えてるし体力あるから。それとも、心節君はアタシが心配?」
「体力面はそこまで心配してねーよ。お前の作る飯が食いたいから無理すんなってだけだ」
ここで心配だ、とか言われたら意地でも休まなかったけど、アタシのご飯が食べたいって言うならまあ、譲歩しなくもない。
「つーわけだ。弱ってるところにオレと彩芽の飯でトドメ刺されたくないなら申告しろ」
「どんな脅迫よ。でもそこまでいうなら疲れたら甘えさせて貰うわ」
しばらく歩き、第一チェックポイントに差し掛かった辺りで楓が遅れ始めてきた。
「はぅぅ」
「もうすぐチェックポイントだから、そこまで頑張ろう?」
「はい......」
「ここからは横道を行くけど、チェックポイントに着いたら引き返して元の道に戻るわよ」
横道は木の根で足元が悪いので、転んで怪我しかねない。楓の手を引きながら、慎重に進む。もしものことにそなえて最後尾は彩芽君に任せている。
「立て札があったが、何の因果だろうな。この木、サトウカエデだとさ」
「えっ!? よく自生してるイタヤカエデとかイロハカエデじゃなくて?」
「おう。何でも町おこしのため、栽培を始めたんだとさ。温暖な地域での栽培は難しく、苦労の連続だったとか」
「ふーん」
立て札の内容をメモして、Uターンする。彩芽君と楓の顔が真っ赤だったことには、あえて触れないであげた。どうせあとで誰かがネタにするだろうから。思わぬところで精神的ダメージを負ったのがトドメとなり、動けなくなった楓を彩芽君がおんぶして進むことになった。
「すみません、あやくん」
「ううん。実は僕、かえちゃんに触れてると力が湧いてくるから」
「本当に大丈夫?」
「うん。でもチェックポイントのメモは頼めるかな? 頭使う余裕はないから」
「了解」
彩芽君の体力にも気を付けながら、次のチェックポイントへ向かう。今度も横道に入ることになるので、彩芽君と楓を置いてアタシ達だけで見に行った。ここは、池かしら?
「この辺はニジマスの養殖が盛んらしい。地元ブランドで売ってるんだと」
「ああ、だからお昼にサーモンのカルパッチョが出たのね。美味しかったからもしスーパーで見かけたら今度からこれにするわ」
「芹は相変わらず魚好きだよな。そういや夕飯はどうなってるんだ?」
「飯ごう炊さんでカレー作るみたいよ。そのあとでキャンプファイヤーもするっぽい」
「マジか!」
キャンプファイヤーと聞き、テンションが上がる心節君。アタシも楽しみだけど。
(フォークダンスとかするのかしら?)
ただ火を見るだけで終わるとも思えないので、期待していいだろう。というか歩いてるだけなのに、意外と疲れてきたわね。
「呼吸が乱れてるぞ?」
「そう、かしら?」
「ほら、乗れ。アイツらに見られたくないなら、元の道に戻ったときに下ろしてやる」
「そうね。ありがとう」
しゃがんだ心節君の背に乗り、腕を前に回し抱き付くようにおぶさった。思い切り胸が当たってしまっているが、そこは諦めて貰う。
「行くぞ」
「ええ」
悪路をアタシを背負いながら走り抜けていく。いつかパルクールが特技と話していたけど、本当だったんだと身を持って知った。知れば知るほど意外な一面が出て来て、その度にアタシは心節君を好きになっていく。
(心節君、好きよ)
元の道に戻り、下ろされたところでアタシは心節君にキスをした。告白と同時にファーストキスは済ませているので、心節君も自然に受け入れてくれた。
「わわわっ!?」
「はぅぅぅ!?」
何故か彩芽君と楓の方が動揺していたけど、その理由は教えてくれなかった。まさか、あれだけ仲いいのにキスしてないとか、言わないわよね?
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