第七十六話 心節くん、出発する
今回初の心節視点です。
オレは昇降口で彩芽や楓、芹と挨拶を交わし、四人で教室に向かった。机に荷物を下ろす際、楓がひっくり返りそうになっていた。
「何で楓だけリュックサックなんだよ? 普通にボストンバッグじゃ駄目だったのか?」
「バランスが取れなくて転んだり、持ち上がらなかったりで断念した。だから背負える物なら大丈夫って考えて、リュックサックとランドセルとの二択だったんだけど、あまりにもあんまりだったから」
「確かに楓にランドセルは、ちょっとね」
「はぅぅ、小学生に見えるのは自覚してますから」
理由については納得した。つーか何故まだランドセルが残ってやがんのか。物持ちがいいにしても使わないだろうに。楓の無事を確認し、席に戻った。
「よし、全員来ているな。お前ら荷物持って校庭な」
海崎先生からの指示で校庭に向かうと、一年生全員が集まっていた。こうして見ると結構な人数いるものだと思い、彩芽と楓をうちのクラスの場所まで連れていった。
(まったく、世話の焼ける奴らだ)
実は彩芽も楓も、先程まで人だかりの中心にいたのだ。原因はコイツらを初めて目撃した奴らが興味本位で質問して、彩芽が学年首位の佐藤彩芽だとバレたせいだ。彩芽も楓も、自分達が特徴の塊って絶対に気付いてねーだろ。
「お前ら本当に気を付けろよ。力ずくでどうにも出来ねーなら逃げやがれっての」
「ごめん」
「はぅぅ、すみません」
「別にいいけどな。だが彩芽は自分でどうにか出来るようになれよ。男だろ?」
「努力はしてるんだけどね。ところで心節、芹さんは?」
「アイツならさっき百合と牡丹を慰めてた。理由まではわからねーが」
無駄に元気な百合と、冷静で腹黒な牡丹が揃って落ち込むという珍しい構図だったので、心配した芹が事情を聞いて励ましていた。楓は首をかしげていたが、彩芽は何があったか察したようで、オレ達に仮説と前置きして語った。
「もしかしたら、これから丸一日彼氏に会えないからじゃないかな?」
「はぁ?」
「あっ、わかります。わたしもあやくんにおやすみとおはようを言えないの、寂しいですから」
オレには理解できない内容だが、楓は共感したようだった。一瞬オレがおかしいのかと思ったが、異常なのは間違いなくコイツらの方だ。
「あのな、毎日会うのが当たり前の奴らは少数だっての。特に彩芽と楓みたいなのは」
「うん。自覚はしてるよ」
「ならいいけどな。家と同じ調子でいちゃつくんじゃねーぞ?」
「心配せずとも普通にしてるよ。ね、かえちゃん?」
「はい」
二人はそう言っていたが、一時間もしないうちにコイツらはいちゃつき始めた。それも無自覚どころか無意識でだ。順を追って話すことにしよう。
まず林間学校に参加するにあたって、先生のありがたい話が長々と続いた。うぜーと思ったがここでは特に何もなかった。問題は学校を出て目的地に向かうため、バスに乗り込んでからだ。
「乗り物酔いしやすい奴は前に乗れ。あとは好きに座っていいぞ」
海崎先生にそう言われ、オレと芹は後方の二人がけの椅子に、彩芽達はオレ達の一つ後ろの座席に座った。百合と牡丹はもう一つ後ろだ。オレも芹も特に意識せず隣に座ったため、多少からかわれることになったがまあそれはいい。座って数十秒後に、後ろから寝息が聞こえてきたことに比べれば些細なことだからな。
「はぁ? もう寝てやがんのかコイツら」
「見てよ心節君、手を繋ぎながら寄り添って寝てるわよ」
後ろの二人の様子を芹が伝えてきたので振り向いて確かめる。すると頬を寄せ合い、幸せそうな面で熟睡する彩芽と楓の姿がそこにあった。
「くぅ、くぅ」
「すやすや」
まだ出発してねーのに、よく寝られるな。完璧に二人の世界に入ってやがる。おかげで悶え苦しむ連中が続出した――これが、普通にしていると彩芽のアホが言ってから今までの流れになる。
「ヤバい、甘すぎて死にそう」
「見てるだけでスイーツ断ち出来るかも」
オレが平気なのは耐性があるのと芹と付き合っているためだ。ちなみに、利尿作用があるためコーヒーの摂取は止められているため、ほとんどの連中はモロに喰らっている。海崎先生も含めだ。
「これだけ騒いでも起きねーとかマジかよ、どんだけマイペースなんだよ」
「でも、仲睦まじくていいじゃない」
「ほんとだ。寝てるときの方が恋人っぽいよね」
「いっそ写真撮っとく? 起きたとき、仕返しになるから」
「「「「それだ!!」」」」
この無自覚バカップルに悪気はないのは知っているが、時と場合を考えろと言いたい。オレだって芹と手を繋ぐくらいはしたいが、この状況では断念せざるを得ないだろう。
(この恨みは、必ず晴らしてやる!)
オレは撮影係に立候補した。私怨がほとんどではあるが、芸術的な一枚を撮れそうな予感もあったためだ。
「待ってろ、オレが撮ってやる。海崎先生、早々に眠りこけていちゃつくバカ二人の写真、撮っていいっすか」
「許可してやるが手早くやれよ」
そうしてオレは、朝の日差しに照らされ眠る二人を、出発前にカメラに収めることに成功した。いつぞやの写真に次ぐ、会心の出来映えだった。その後、写真を確認した彩芽と楓は深々と頭を下げ『無意識でいちゃついてすみませんでした』とクラスメート全員と海崎先生に謝ったのだった。
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