第六十五話 彩芽くん、林間学校の準備をする
連載再開です。一週間は連続で出来ると思います。
中間テストが終わった僕達を待ち受けていたのは、林間学校という行事だった。明日から一泊二日という日程で行われるのだけど、僕達は何も準備できていない。理由はキスの件が尾を引いたためだ。
「困った」
「困りましたね」
林間学校のしおりを広げて僕達は頭を悩ませた。初めての外泊となるのもあり、一つ一つ確認していく。
「冷蔵庫の食材は期限が近いものは使いましょう。貴重品はどうします?」
「通帳とかは置いておくとして、財布は持ち歩くしかないよ。何かあったとき困るし。他にも戸締まりはキッチリするし洗濯物は部屋干しする。掃除は行く前と帰ったあとにする。こんなものかな?」
高校生の二人暮らしで、家を一日空けることになるのだから、慎重になるのも当然だった。そうして家のことが終われば、外泊に必要なものについての話し合いが行われる。
「お着替えと、バスタオルと、あとは何が必要なんでしょうか?」
「しおりに書いている物が基本だろうけど......よし、こういうのは誰かに聞くのが一番だ。売ってる場所も分かればもっといいから、紅葉さんに聞いてみるけど、大丈夫かな?」
「お母さんですか? いいと思いますよ。わたしがかけましょうか?」
「ううん、僕に任せて」
かえちゃんに意見を聞いて、僕は紅葉さんへ電話した。電話はすぐに繋がり、間延びした癒やし系の声が聞こえてきた。
『もしもし~、彩芽君ですね~。何かご用ですか~?』
「はい。林間学校が今度ありまして、外泊に必要なものって、何があるのかと思いまして」
『着替えと~、タオルと~、あとアメニティグッズでしょうか~?』
「アメニティグッズですか?」
『はい~。歯ブラシや石鹸、シャンプーなどがセットになっている物です~。特に~、林間学校や修学旅行では必須です~。二人とも別々のお部屋にいるわけですし~』
紅葉さんに解説され、なるほどと思った。歯ブラシ以外はかえちゃんと共用しているため、別々にするという発想がなかったのだ。
「でしたら買い揃えようかと思うのですが、どこに売っていますか?」
『普通にスーパーで売っていますよ~。お風呂用品辺りを探していただいたら~』
「そうなんですね。気付きませんでした」
最近の買い物は食材と洗剤ばかりで、お風呂用品売り場に立ち寄っていなかった。もっとも、寄っていても多分買ってなかったと思うけど。
『そうですか~。でしたらお早めの購入をお勧めします~。ところで~、楓ちゃんとはどこまでいきましたか~?』
「へっ!?」
唐突な質問に間抜けな声を漏らすも、紅葉さんは意に介せず続けた。
『恋愛的な意味ですよ~。恋人同士なのはお聞きしましたけど~、楓ちゃんから詳しくは聞いていませんので~』
「お、お母さん!?」
「その、抱き付いたり指にキスしたりはしましたけど」
「あやくん!?」
電話を横で聞いて狼狽するかえちゃんが可愛いので、赤裸々に紅葉さんに進展状況を報告する。
『そうですか~。可愛かったでしょう~?』
「ええ。今も隣にいますが可愛いですよ」
『よかったです~。わたしと一咲さんの自慢の娘ですから~。恥ずかしがり屋ですけど~、末永くよろしくお願いしますね~』
「はい。生涯大事にさせていただきます。それでは、また今度」
『はい~』
通話が終わると、かえちゃんは可愛い顔を両手で隠してうずくまっていた。
「かえちゃん、身内に関係を話しただけなのに照れないでよ。一咲さん達が帰ってきたり、夏休みに僕の実家に行ったりして、面と向かって言うことになるんだから」
「わかっていますけど、その、どうしてあやくんは照れないんですか?」
「電話越しだからね」
それに改めて婚約を報告し、認めて貰うつもりなのにそこで照れて話せないと、台無しにされかねないというのもある。
「あやくんはお強いです」
「そうでもないよ。それにかえちゃんが照れてくれてるから、僕は逆に冷静になれるんだよ」
「そういうものでしょうか?」
「うん。それより、必要なものも聞いたし買いに行こうか」
もう明日なので時間がない。かえちゃんを連れ、二人分のアメニティグッズを購入し、なんとか準備を済ませたのだった。
そして、林間学校当日。制服に着替えた僕達は家の中で、最後の確認作業を行っていた。
「洗濯物は部屋に干した。炊飯器は空になってる。期限の近い食材は使った」
「戸締まりも灯りも大丈夫です」
荷物もちゃんと準備し、今は足元に置いている。あとはこれを持って出て、家の鍵を閉めれば完了なのだけど、一つ重要なことが残っている。
「さてかえちゃん。僕達は初めての外泊をするわけだけど、学校の行事だから夜と朝はほとんど別行動になる」
「わかっています。わかっていますけど、ちょっと寂しいです」
「だから、頑張れるようにおまじないしてあげる。ちょっと目を閉じて」
「こう、ですか?」
僕は目を瞑ったかえちゃんを抱きしめ、おでこ同士を近付け軽く触れさせた。
「はぅぅ、あやくん!?」
「じっとしてて」
「はい......」
額からかえちゃんの体温が伝わってくるのを感じながら、願掛けをする。
(かえちゃんが、林間学校で寂しい想いをしませんように)
三回心の中で唱え、ゆっくりと離れる。かえちゃんは真っ赤になりながらも、きょとんとした顔をしていた。
「あの、これはどんなおまじないなんですか?」
「大好きな女の子に、元気になって貰いたいときにするおまじないだよ。どうかな、かえちゃん?」
「その、あやくんの温かさに包まれて、心地よかったです」
「よかった。じゃあそろそろ行こうか」
「はい♪」
かえちゃんは荷物を背負い、僕は肩にかけて持っている。荷物を持っていない手で鍵をかけ、そのままかえちゃんと手を繋いで学校への道を歩んで行ったのだった。
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