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第五話 彩芽君、楓ちゃんと料理する

 さて、僕が桜井さんの家にやって来たのが一時半前、そして現在の時刻は四時半だ。


 これまでは僕の過去のことや家事の分担という話題があったから話せていたけど、それが尽きたため沈黙が場を支配していた。


 正直、ものすごく気まずい。


 僕も、恐らく桜井さんも話し下手であり、さらに出会って間もないので会話が続かない。


「桜井さん、この時間にする家事って何がある?」


 このまま時間を無駄にするよりは、何か家事をしていた方が有意義だと考えた僕は、桜井さんに思い切って質問した。


「その、お夕飯の準備くらいです......」

「大丈夫? 手伝おうか?」


 夕飯の準備なら食材を切ったり、食器や調理道具を出すなど僕にも出来ることがある。


「えっと、お願いします。カレーを作ろうと思いますけど、苦手じゃないですか?」

「ううん。辛すぎなかったら好きなくらいだよ」


 中辛くらいなら何とか問題ないけど、辛口は少しずつじゃないとキツいし激辛は食べられない。


 桜井さんはどうかな?


「わたし、かなり辛いの苦手ですから、甘口になりますよ?」

「それでいいよ。むしろ助かるよ」

「じゃあ、お台所に行きましょう」

「うん」


 ダイニングとつながっているキッチンはそこまで広くない。


 だけど小柄で細身な僕と、僕よりさらに背が低い桜井さんの二人なら、ぶつかったりせず並んで料理出来そうだった。


「桜井さん、高さ大丈夫?」

「お料理するのは大丈夫です。食器洗い機には背伸びしても入れられないですけど」

「そう。今回は僕がするから大丈夫だよ。近いうちに踏み台用意しないと」

「はぅぅ」


 ギリギリ150センチの僕でさえちょっと大変なのだから、僕より明らかに小さな、確実に140センチも無い桜井さんは、もっと苦労しているのだろう。


(荷物の中に踏み台があるからプレゼントしよう)


 きっと喜んでくれると思う。


 それはともかくとして今は料理の時間だ。


 料理の手順もわからないので桜井さんに出来ることを聞く。


「カレー作るって話だけど、何するの?」

「ご飯は用意していますので、まずはお野菜の皮を剥きます」

「包丁使うんだね。任せて」


 玉ねぎの根の部分を切り落とし、表面の皮をはぐ。


 さらに人参の皮を包丁を使い剥いていく。


 桜井さんの方はじゃがいもの皮を剥いているが、時々付け根を使ってじゃがいもの芽を取っている。


「佐藤さん、すごく綺麗に皮を剥きますね」

「手先は器用だからね。さっきから何してるの?」

「じゃがいもさんの芽を取ってるんです。芽にはソラニンって毒がありますから」


 へぇ、身近な食材にもそういうのってあるんだ。


 別に悪用はしないけど、知っておいて損は無いので他にも調べてみよう。


「そうなんだ。終わったけど次は?」

「次はお野菜とお肉を一口大に切っていきます。あっ、玉ねぎさんはみじん切りにしてから先に炒めます。フライパンを出してきますから、お願いしていいですか?」


 じゃあ先に玉ねぎをみじん切りにすればいいんだね?


 包丁を持ち、まな板に置いた玉ねぎを左手で持ち刃を入れる。


 すると桜井さんが、僕の包丁使いを見て感心していた。


「ちゃんと左手を猫の手にしてますね」

「猫の手? ああ、この形のこと?」

「そうです。にゃんにゃんです♪」


 両手を猫の手にして、猫の真似をする桜井さん。


 包丁使ってるから、そんな可愛い仕草しないで欲しい。


 少し顔を赤くしながら、玉ねぎのみじん切りを終える。


「この玉ねぎさんをフライパンであめ色になるまで炒めます」

「わかったよ。油をフライパンに入れればいいんだよね?」


 油の入ったボトルを手に持ち、蓋を開け大量に注ごうとして――。


「ちょっと待ってください~!!」

「えっ、何か駄目だった!?」

「全然違います~!」


 かなり慌てた様子の桜井さんに静止されたため、油は少量しか入らなかった。


「それじゃ大火事になっちゃいますよ!?」

「油を使うなら、沢山要るかなって思ったんだけど......」

「それは揚げ物ですよ~! 炒め物でしたら食材ごと燃えちゃいます~!!」


 そうなんだ。多ければいいってわけじゃないんだね。


 今度から分量を確かめて使うようにするよ。


「佐藤さんが包丁をあれだけ上手に使えるのに、どうしてお料理出来ないのかわかりました」

「その、ごめんね」

「いいです。これからわたしが教えますから......」


 手間取らせちゃって本当にごめんね!


「その、玉ねぎさんを炒めるのはわたしがしますから、他の食材を切ってくれますか?」

「うん。一口大だよね」


 肉や野菜を切る。


 そういえば桜井さん、さっきから野菜にさん付けして呼んでるけど癖なのかな?


 そういうところも可愛いけど。


「終わったけど、どうしたらいいかな?」

「このくらいの、お鍋を出してくれますか? あとはその......」

「わかったよ」


 鍋の大きさを両手で表す桜井さん。


 その、鍋を出したらすることないんだね。


「炒めたり煮たりは、一人でした方がいいですし......あっ、きゅうりさんと人参さん、キャベツさんを使って、簡単なサラダを作りましょう。火も使わないので安全です」

「食材、出してくるね」


 玉ねぎを炒め続ける桜井さんから指示され、野菜をまな板に並べる。


「キャベツさんは千切りにして、キュウリさんと人参さんの切り方は......お任せします」


 多分切り方を指定しても、僕がわからないと思ったのだろう。


 実際、千切りとみじん切りくらいしかわからないので、その方がありがたかった。


「こんな感じかな?」


 キャベツを千切りにしたところで、桜井さんが玉ねぎを炒め終わり、他の食材と一緒に鍋へと移し炒め始める。


「カレーは、炒めてから水を入れるんです」

「そうなんだ」


 キュウリを短冊形に切った僕は、人参に取りかかった。


「普通に切ってもいいけど、ちょっと手を加えよう」


 刃先を使い、星形や動物の顔をくり抜いていく。


 もちろん、残った部分も捨てずに取っておく。


「終わったよ。次はどうしたらいいかな?」

「あとは味付けですけど、適量とか少々ってわかりますか?」

「う~ん、適当?」

「じゃありませんよ~!」


 困った、それだとどうすればいいかわからない。


 申し訳ないけど、桜井さんに丸投げしよう。


「でしたら市販のドレッシング使います」

「それでいいんだ。ごめんね、足引っ張って」

「そんなことないですよ。お野菜切るのすごく手際よかったですし......」

「食べる直前と片付けはもっと役に立つからね!」


 力仕事で桜井さんより非力ということもないだろう。


 同じ体格の女子よりは力あるし。男子とは......そもそも同じ体格の男子が居ないしいても多分僕の方が非力だと思う。


「そっちはその......むしろわたしが足手まといなので」

「うん。任されたよ」


 こんな風に、お互いに補い合える関係っていいと思う。


 きっと僕と桜井さんはいい友達になれると、心の底から思ったのだった。


 そして、夕ご飯の時間になったので、ダイニングのテーブルに食器を並べていく。


「お皿、これでいいかな?」

「はい。お飲み物は麦茶で大丈夫ですか?」

「うん。持っていくよ」


 斜め向かいで離れて座る。


 出会ったばかりの同居人なら、こんな距離感だろう。


「では、いただきます」

「いただきます」


 まずはカレーを一口。


 うん、美味しい。


 食材も食べやすい大きさに切ってあるし、優しい甘さもする。


「美味しいね」

「はい。いつもよりも上手に出来ました♪」


 そうなんだ。


 だったら手伝ったかいはあったかな?


「サラダの方も美味しい」

「そうですね。あっ、この人参さん、兎さんです♪」


 桜井さんがサラダの中から兎の飾り切りを見つけていた。


 パーカーといい、気に入ってるのかな?


「せっかく作るならって遊んでみたんだけど、好評でよかったよ」

「食べちゃうのがもったいないです」

「ちゃんと食べないと駄目だよ」


 残したり腐らせたら、その方がもったいないよ。


「でも......可愛くて」

「そんなに気に入ったなら、食べられない素材で作ってあげるから」

「えっ、作れるんですか?」


 ぱぁっ、と桜井さんの表情が明るくなる。


「うん。というかそっちの、木材を彫って作る方が得意。結構な数作ったからね」

「そうなんですか? 完成品を見せてくれたりは......駄目ですよね?」

「いいよ。でも今のところ荷物から出してるの一つだけだから。整頓してから見せるよ」


 さすがにアヤメだけでは見せられない。


 見た目的な意味でも、心情的な意味でも。


「本当ですか?」

「もちろん構わないよ。何なら気に入ったのあげるから」

「約束、ですよ?」


 ここで約束をしたことが、僕と桜井さんの関係を大きく変えるきっかけになったのだけど、もちろんこの時点の僕が気付く訳も無く、気軽に約束を結んだのだった。

お読みいただきありがとうございます。


こぼれ話


彩芽ですが、フルーツの飾り切りや、カボチャくり抜いてランタン作ったりも出来ます。

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