第七十四話 楓ちゃん、ちゅーする
楓視点です。友人達の恋愛模様を目撃した楓。ヘタレなりの頑張りをご覧ください。
家に帰ったあとでも、あやくんとは未だに気まずいままです。理由は言うまでもなく、百合さんと牡丹さんが彼氏さんとしたちゅーの件です。
(ほっぺたどころか唇って、すごいです)
無邪気な子供時代であっても、ちゅー出来なかったわたし達。お付き合いし始めた今でも髪の毛や手の甲で大騒ぎするくらいですので、普通のカップルへの道は遠いようです。
(はぅぅ、焦らないでいいと言われましたけど、見てしまうとどうしても......)
すごく気になるのです。ましてや、ついこの間髪の毛と手の甲にキスされたのですから。そこまで考えて、わたしはとんでもないことに気付きました。
(わたしから、ちゅーしたことありません!!)
これまでのあやくんとのちゅーは、全部あやくんからしていただいたもので、わたしからしたことは一度もありません。これでは駄目だと考えたわたしは、あやくんへのご褒美もしくはお礼を、わたしからのちゅーにしようと決めました。
(恥ずかしいですけど、頑張ります)
そうと決まれば行動です。あやくんのお部屋を訪ねると、木彫りの真っ最中だったみたいで、一心不乱に木を彫っていました。その横顔はとても神聖で、侵しがたいものでした。
(綺麗です......)
一枚の絵画のような光景を、声をかけて壊してしまうのは避けたいと思いましたので、一息つくまでこの場で待つことにして、あやくんの手元に注目します。
(作っているのは、うさぎでしょうか? それも、どこかで見覚えがある子です)
どこで見たのかを考え、すぐに答えが出ました。わたしのお部屋にいる、小さな二羽のうさぎ。そのうちの小さな女の子、カエデちゃんに間違いありません。
(あやくん、カエデちゃんを作ってくださっているのですね。それに手元の彫刻刀、あれはわたしのプレゼントです)
あやくんが、わたしの選んだ彫刻刀で、わたしをイメージしたカエデちゃんを作っている。その事実に心がぽかぽかしてきました。もし許されるなら、アヤメくんの隣に飾ってあげたいと思い、完成したら頭を下げておねだりしようとひそかに決意しました。
しばらく眺めているうちに、大分形になってきたカエデちゃん。作業が一段落したのか、あやくんはカエデちゃんを机に置いて彫刻刀をしまいました。今がチャンスと思い、近付いて話しかけました。
「あやくん、お疲れ様です」
「あれっ、かえちゃんいつの間に来てたの? 言ってくれたら中断したのに」
「邪魔するのは悪いと思いましたから」
「ありがとう。それで、何か用があって来たんだよね?」
察してくださったあやくんに用件を伝えます。こういうことも、わたしから言い出せるようにならないとですね。
「その、あやくんにテストで頑張ったご褒美と、わたしにお勉強を教えてくださったお礼をあげたいのですが」
「奇遇だね。僕もかえちゃんにご褒美あげようかと思ってたんだ。今片付けてなでなでしてあげるからね」
あ、あやくんからなでなでのご褒美......すごく嬉しいですし今すぐしていただきたいですが、ここで誘惑に負けてしまうとわたしからのご褒美やお礼が有耶無耶になりそうなので我慢です。
「あの、なでなでは嬉しいですけど、先にわたしからです。あ、あの......」
「うん。焦らずゆっくりでいいから」
「その、ご褒美に、わたしから、あやくんにちゅーしますから!」
「えっ? かえちゃんから、僕にキス!?」
ご褒美の内容を聞いたあやくんは、お掃除の手を止めてとても驚いていました。
「もしかして、お嫌でしたか?」
「そんなことない嬉しいよ。でも、無理はしないでね。仲を進展させても、かえちゃんが気絶したら意味ないから」
「ですからその、今わたしが出来そうな、手の甲へのちゅーをご褒美に、さらに指へのちゅーをお礼にします」
指へのちゅーですが、初挑戦になります。あやくんの指はわたしに様々なものを与えているので、それを労う意味もありました。
「指って、今まで木彫りしてて汚れてるよ? 出来れば後に――か、かえちゃん!?」
「んっ......あやくん、お礼とご褒美です。受け取ってください」
伸ばされたあやくんの手の甲にちゅーして、そのまま親指に唇を触れさせます。さっきまで木彫りをしていたからか、ちゅーした指からほのかに木の匂いがしました。
「んっ......」
「かえちゃん、可愛いよ」
ちゅーしていない、もう片方の手であやくんがわたしを撫でます。お顔が熱くなるのを感じつつ、唇で指に触れたことで細かい傷痕がいくつもあることに気付き、その痕を塞ぐように何度もちゅーしました。
(この指が、アヤメくん達を作り上げたのですね。それに、わたしにお勉強をお教えいただいたり、撫でていただいたりもされています)
感謝と労い、それに愛情を込めて何度も指に口づけしました。するとあやくんも、わたしの指にそっとちゅーしてきました。
「はぅぅ」
「嫌とは言わせないよ? 先にキスしたのはかえちゃんなんだから」
慈しむように、柔らかく温かな唇を何度も指に触れさせるあやくん。その感触にどきどきして、わたしはされるがままになっていました。
(わ、わたし、あやくんにこんなに恥ずかしいことしていたんですか!?)
指へのちゅーはするよりされる方が恥ずかしいということを、身をもって知りました。そしてあやくんは満足したのかわたしの手を離し、ニコリと微笑みました。
「かえちゃん、ご褒美嬉しかったよ」
「は、はぅぅ!?」
大好きなあやくんの、一番大好きな表情を正面から向けられ、さらに胸のどきどきが加速します。その上、ダメ押しとなる言葉が告げられました。
「愛してるよ、かえちゃん。僕の大切なお嫁さん」
「はぅぅぅ!! わ、わたしも愛してますぅぅ!! 旦那さまぁぁ!!」
わたしは告白の返事をしながら、脱兎のごとく部屋まで逃げ帰りました。その後、自然にお話出来るまで三日かかり、芹さんからは呆れられ、心節さんと百合さん、牡丹さんには思い切り笑われました。はぅぅ、お付き合いしたてのカップルよりぎこちないわたし達も、いつか夫婦になれるのでしょうか?
お読みいただきありがとうございます。楓の頑張りと彩芽の返礼はいかがだったでしょうか?
何だかんだで再開から二週間ほど連続で投稿してみましたが、この話でストックが完全に尽きました。このあとの展開も一応考えているのですが、ほとんど書けていないので更新ペースが乱れるか不定期になりそうですので、ご了承ください。




