第七十三話 彩芽くん、目撃する
心節の全力疾走を見送り、かえちゃんと二人で帰宅しようと席を立ったところで、百合さんと牡丹さんの二人に声をかけられた。
「せっかくだから一緒に帰ろうよ」
「せめて坂の下まででいいから」
「別にいいよ。ね、かえちゃん?」
「はい」
普段とは違った四人での下校となり、当然のように心節と芹の話になった。
「あの二人、付き合うかな?」
「個人的にはそうなって欲しいわ。勝負はなるべく公平な条件でしたいから」
「ああ、そういえば二人とも彼氏いたよね」
「確か、大学生と中学生の兄弟とそれぞれお付き合いされていると伺いましたが」
「うん。あたしがお兄さんの菊太さんと、牡丹が弟の桐次君と付き合ってるんだ」
「歳は大学二年と中学三年よ」
何でもお互い彼氏がいると知って、ダブルデートをすることになった当日、合流して発覚したそうだ。
「そんなことってあるんだね」
「すごい偶然です」
「あはは、あの時の二人の顔、すごく面白かったんだよ♪」
「その後もデートだからと格好付けようとしてたけど、兄弟だから素を知ってるものだからネタばらしして、最終的に兄弟喧嘩に発展したのよ」
「それは、笑っていいのかな? デート中に相手ほったらかしで喧嘩してたんだよね? 別れようとか思わなかったの?」
「「全然、むしろ面白かったから定期的にダブルデートすることにしたよ(わよ)」」
デート中に兄弟喧嘩をする兄弟も、それを笑って受け入れる二人も僕達からすると理解の外だった。
「変わってるよね二人とも。普段はどんな感じで付き合ってるのか聞いていい?」
「いいよ。まずはあたしからだね。一言で表すなら、押しかけ女房だね!」
「「押しかけ女房!?」」
「うん。菊太さんって大学生だから一人暮らししてるんだけど、放置すると掃除や洗濯をしなかったりするから、平日は朝と夕方に押しかけてしてるんだよ。休みの日はほぼ一日いるね。ご飯は普通に作れるから、交代で作ってるけどね」
百合さんから伝えられた内容は、全てが衝撃的だった。確かに押しかけ女房や通い妻という言葉の意味通りの行動をしている。
「言っておくけど、完全に同棲してる彩姫と楓たんに比べたらまだ普通だよ?」
「そうかな?」
「だっておはようからお休みまで一緒なんだよ? そんなの実質夫婦じゃん」
「夫婦!?」
夫婦と言われ赤くなるかえちゃん。一方僕はツッコミも兼ねて事実を述べて弁解する。
「確かに結婚を前提に付き合ってるし、両親にも挨拶済んでるけど、正式に認めて貰ってないからまだ夫婦じゃないよ」
「正式にはって、何か条件でもあるの?」
「かえちゃんのご両親が戻ってきたとき、恋人らしく振る舞えてたら婚約を認めるって。仲は認めてるけど、進展が遅くて本気に見られないのが原因っぽい」
「「ぷっ!!」」
条件と、それを出された推測を話したら二人して吹き出し、遠慮なく爆笑された。
「つまり彩姫と楓たんは、両親にもヘタレ扱いされてて、そのせいで婚約が認められない可能性があるってことね」
「もう、二人とも最高すぎ!」
「遠慮なさ過ぎですよ。かえちゃんが落ち込んだじゃないですか!」
「はぅぅ、わたし、へたれ」
校門付近でうずくまり、地面にのの字を描くかえちゃん。落ち込む仕草も可愛いけど、傷付いたまま放置できないので励ましてあげた。
「かえちゃん、別にヘタレでもいいじゃない。僕は一所懸命に努力するかえちゃんが好きなんだ」
「あ、あやくん///」
「だから、落ち込まないで。ほら、行こう!」
かえちゃんの手を取り立たせる。後ろを振り返ると耳を塞いでいる二人の姿があった。何してるの?
「あまあまな惚気が聞こえてきそうだったから」
「コーヒー買いに行く時間もなかったから、自己防衛で乗り切るしかなかったのよ。知ってる? 糖分の過剰摂取は危険なのよ?」
「知ってるけどどういう意味かな?」
「あの、喧嘩はよくないです」
「このくらい挨拶みたいなもの。ね、彩姫?」
「うん。かえちゃんも心配しないで」
安心させて坂を下る最中、今度は牡丹さんの恋愛模様を聞く。
「桐次くんとの日常、と言っても会うのは放課後がメインよ。大体いつも坂の下で待っててくれるから、そこから家まで帰宅デートね。夕飯の時間になったら家に帰らせてる」
「ずいぶん健全だね」
「相手は中学生だから、少しでも遅い時間に連れ出したら補導されるのよ? だから卒業まで我慢してるの」
牡丹さんが今勉強を頑張っているのは、来年一年間は彼氏と遊びたいからだそうだ。ただそれって、牡丹さんが道を踏み外しそうで不安がよぎるんだけど。
「卒業しても、道を踏み外さないように気を付けるつもりよ」
「もしそうなったら菊太さんが全力で叱るし、牡丹はあたしが止めるから」
「それは百合にも言えることよ。ただでさえ危なっかしいことしてるんだから」
「自覚はしてるよ」
気安く言葉を交わす百合さんと牡丹さんの携帯から、メッセージの通知音が同時にする。
「あっ、メッセージ来た。桐次くん、坂の下で待ってるみたい」
「あれっ、菊太さんからも来てる。珍しいね」
「行ってあげたらどうかな?」
「お付き合いされてる方を待たせるのもよくありませんし」
「わかったよ。じゃあ先に行くね!」
「二人とも、また明日」
挨拶もそこそこに、坂を駆け下りていく二人。別れ際にしていた顔は、恋する女の子のそれだった。
「百合さんと牡丹さんのああいう顔、初めて見ました」
「あの二人も女の子なんだよね」
今日一日だけで、友達の意外な一面を沢山知った。でもきっとまだまだ知らない部分も多いのだろう。友人の知られざる事実、それをすぐに思い知ることになるのだった。
僕達が坂を下り切ると、止まっていた四人乗りの軽自動車に百合さんと牡丹さんが乗り込み、運転席の男性と後部座席の少年にキスしたのだ。
「わわっ!?」
「はぅぅ!?」
同世代、それも友達のキスというショッキングな光景を目撃し、呆然と走り去る自動車を見送った僕達。
(恋人同士って、あんなに気軽にキス出来るんだ。僕達もあんな風に出来るのかな?)
想像してみる。かえちゃんの小さな唇に僕の唇を重ね――!!
「わわわっ!!」
「はぅぅぅ!?」
思い描いてみたが、まだ僕には早かったようで顔を両手で隠してしゃがみ込む。隣でかえちゃんも同じ動きをしていたので、似たようなことを考えたのだろう。
「ねえ、あの二人同じことしてるわよ?」
「ほんとだ。可愛い♪」
僕達の妙な行動は、下校中の生徒にとってはいい暇潰しになったみたいで、生温かい視線がいくつも向けられていた。
「......帰ろっか」
「はい......」
いたたまれなくなって逃げるように帰宅したのだけど、その道中は気まずすぎて無言だった。
お読みいただきありがとうございます。強引ですが、このくらいしないと彩芽も楓も動いてくれないのです。




