第六十九話 彩芽くん、相談する
何かとても温かく柔らかいものを抱いている感触があった。僕はそれを不思議に思い、昼寝によって頭があまり働いていないまま薄目を開ける。すると眼前には幼いながら非常に顔の整った美少女――かえちゃんの姿があり、疑問の答えを知り僕は素っ頓狂な声を上げた。
「えぇぇぇぇっ!? なんで僕はかえちゃんを抱いてるの!?」
そう、昼寝の最初はお互いぬいぐるみを抱いていたはずにもかかわらず、いつの間にか僕とかえちゃんが抱き合うようにして眠っていたのだ。そして僕の声で強制的に目覚めさせられたかえちゃんと、互いの吐息がかかりそうなほどの距離で視線が交錯した。
「は、はぅぅぅぅ!?」
「わわっ!?」
その結果、一秒と経たずお互いの顔全体が真紅に染まり、頭から湯気が噴き出した。僕は弾かれたようにかえちゃんから距離を取り、後ろ飛びからのジャンピング土下座を敢行した。
「ごめんかえちゃん!! 多分無意識だけどいきなり抱きしめてごめん!! そりゃあ気持ちとしては抱きしめたいなと思ったけど、無理矢理するつもりはなかったんだ!!」
深々と頭を下げかえちゃんからの応答を待つも、なんの言葉もない。不審に思い一度顔を上げかえちゃんを見ると、起きて驚いた態勢のままぴくりともに動いていないことに気付いたため、近付いて呼吸や眼球の動きを観察した。
(もしかしなくてもかえちゃん、気絶してる?)
そう判断した僕は、かえちゃんの頭を膝に乗せ寝かせてあげた。最近よく意識を失うので、その度にしている気がする。何かの病気かもと思い心配が鎌首をもたげてきた
(一度病院に連れて行って、ちゃんと診てもらった方がいいかな? でも、気絶の原因って何となく僕っぽいんだよね)
思い返してみると、僕といちゃついてるとき、あるいは僕と目があったときによく気絶している。そうなると僕とかえちゃんは離れた方がいいのかもしれない。
(でも、それもちょっと。どうするべきかみんなに聞いてみようかな?)
かえちゃんを膝枕したまま携帯のメッセージを起動して、友達全員にかえちゃんが頻繁に気絶すること、原因が僕にあるっぽいことを説明し、その上でどうすべきかを尋ねた。
(さて、誰か一人からでも返事が来てくれたら御の字だけど......うわっ、ほとんどノータイムで帰ってきた!)
最初に来たのは心節からで、内容は『医者に行く必要も、離れる必要もない。原因は楓本人に聞いて、どうするかは二人で考えていけ』とのことだった。さらに、五分もしないうちに全員から返信があり、概ね似たような内容だった。
(文面は違うけどみんな同じ事言ってるってすごくない?)
友人達が息が合っているのか、それとも僕とかえちゃんがわかりやすいのか。そう考え苦笑していたところ、膝の上にいるかえちゃんが身じろぎして目を覚ます。
「はぅぅ......あれっ、わたし」
「おはようかえちゃん。よく眠れたかな?」
まだ眠そうなかえちゃんに挨拶すると、僕の膝から勢いよく起き上がり離れた。その頬はリンゴのような赤みが差していて、かえちゃんはしどろもどろになりながら僕へと問いかけてきた。
「はぅぅ、あやくん、その、おはようございます。えっと、変な寝言とか言ってませんでした?」
「ううん。大丈夫だよ。それより一つ聞いてもいいかな?」
「なんでしょう?」
「かえちゃんってよく気絶してるけど、原因わかるかな?」
みんなからのアドバイス通りに気絶の理由を尋ねた。するとかえちゃんの顔全体がトマトのような真紅に染まり、頭から湯気が上がる。そしてもじもじしながら、辿々しく話し始めた。
「あの、あやくんのお顔を見たり、そばにいたりすると、その......すごくどきどきして、お胸が張り裂けそうになって、つまりその、あやくんのことが好きすぎて、わたし、わたし――」
「かえちゃん、ストップ」
「はぅぅ?」
「それ以上は、僕がその......」
赤裸々に僕への想いを話すかえちゃん。それを聞いた僕も胸がときめいて、キュン死しそうになった。だがそのおかげか、かえちゃんの気絶の理由を理解出来た。
(そっか。原因は恋の病か。なるほど、それなら医者に行っても治せないし、離れたら確実に悪化するから止めるよね)
恋の病はある意味どうしようもない難病だ。ただ、恋が成就したはずなのに発症している事実に、乾いた笑いが漏れる。そんな僕をかえちゃんは心配そうな目で見ている。
「あやくん?」
「ああごめん。原因は恋の病で間違いないよ」
「はぅぅ、やっぱりそう思いますか?」
「やっぱりってことは、薄々気付いてた?」
「はい......」
申し訳なさそうに答えるかえちゃん。でも、自覚症状があるのなら治療法も見えてくる。
「なら僕としてみたいことをしたら治ると思うよ」
「そうなんですけど、わたしずっとあやくんのことが好きで、離れていた間もずっと好きでしたから」
「もしかして、気持ち拗らせてたりする?」
「多分ですけど......」
聞き取りの結果、深く強すぎる想いにかえちゃん自身が振り回されていると結論づけた僕。だとしたら関係をゆっくりと進展させ、少しずつ慣らしていくのが一番の解決法だろう。そう頭で考えながら、かえちゃんを撫で続けたのだった。




