第四話 彩芽君、家事の分担を決める
器用な人って羨ましいですよね。作者は彫刻刀を使った授業で、片付けの際に親指に刺してしまったことがあります。
しばらくして復活した桜井さんから謝罪を受け、彼女が気絶している間に新たなメッセージが届いていたのでそれも共有しておく。
「学校への説明、ですか?」
「うん。考えてみると絶対に必要だよね。今の状況普通なら児童相談所に通報コースだし、それ以前に若い男女が二人きりだと不純異性交遊を疑われる」
「そう、ですよね」
学校への事情説明はすでに双方の両親が行ったので問題ない。
その辺りは親が背負うから子供は学生生活のことだけ心配していればいい、とは一咲さんからのメッセージだ。
こういうことがサラリと言えるようになりたいと思った。
学生生活のことか......まだ実感わかないよ。
せめて形だけでもしてみようかな?
「そうだ。入学前のどこかの日に制服着て見せ合おうか」
「はい。楽しみにしてますね」
僕の提案に楽しそうに答える桜井さん。
こういう風に見せる相手がいるのっていいよね。
きっと桜井さんの制服姿は可愛いだろう。
三度目の通知音がする。
お金、学校に次いで、今回は家事の件でだった。
内容は家事を分担して行い、お互いの負担を減らすようにとのことだ。
「桜井さん、家事は分担して負担を減らすようにって」
「えっと、わかりました」
そのためには、お互いどのくらいまで家事が出来るのかを知らないと始まらない。
僕の場合だと料理がダメで掃除はそこそこ得意、洗濯は洗濯機の使い方を覚えれば大丈夫といったところで、一般的な高校生男子よりはましだと自負している。
「まず、得意なことと苦手なことを出し合おう。まずは料理から。僕は包丁は使えるけどそれ以外は苦手。調理器具や食器を出すアシスタントくらいに思ってくれればいいよ」
「お料理なら一応一通りは出来ますけど、身長が低いのでお手伝いはありがたいです」
僕が正直に得意と苦手を話すと、桜井さんもつられて話してくれた。
なるほど、なら食事当番は桜井さんで決まりっと。
店屋物に頼ることにならなくてよかった。
「あの、お掃除は?」
「結構得意だから僕がメインでするよ。ただ基本的に自分の部屋は各自で......ってその前に聞いていいかな?」
掃除、さらに自分の部屋という言葉で、僕は重要なことを思い出した。
「何でしょうか?」
「僕の部屋どこ?」
そう、来た直後に桜井さんを介抱し、さらにその後ご両親の出迎えに見送りと、自分に割り当てられたであろう部屋をまだ一度も見ていなかった。
「えっと、多分わたしのお部屋のお隣です。元々空き部屋だったんですけど、佐藤さんが来るからとお父さんがベッドとかタンスとか置いてました」
「桜井さんの部屋の隣なんだ。その、もしうるさかったらごめんね」
「いえ、多分大丈夫かと......それに、物音が聞こえなかったらそれはそれで寂しいですし......あ、案内しますね」
「うん」
桜井さんに案内され、ダイニングから出て廊下を歩き、右に曲がり突き当たりにある階段を上って部屋に入る。
部屋の内部は六畳ほどの和室で、机とタンスが設置されている以外に、複数段ボール箱が置いてある。
押し入れの中には布団がしまってあるのだろう。
寝相があまりよくない僕としては、ベッドよりこちらの方がありがたい。
持ってきた荷物から着替えを出し、タンスに収納する。
ひとまずはこれで大丈夫だろう。
荷物の中に残った木彫りの兎を、机の目立つ場所に置く。
兎は両手に乗るほどの大きさで、ところどころ傷があったり歪んでいたりで少々不格好だ。
けれどもコイツは、僕にとってはとても大切な物だ。
「君を作って僕は立ち直ったんだよね、アヤメ」
不登校になった直後、僕は心身共に傷付いていた。
そんな折、ちょっとしたきっかけで木彫りを始めるようになった。
木を彫ったり削ったりしているときはいじめのことを忘れ無心になることが出来た。
最初はただ木を削るだけだったけど、やがて何かを作ろうと思い、何となく兎を作ってみた。
でも中々上手く行かず、形が歪んだり傷だらけになり、その姿がどこか自分に似ていたため、完成した兎をアヤメと名付けた。
アヤメを見ていると、馴染めなくても他と浮いていてもいいと思えてきて僕は前を向けた。
実際それで卒業するまで耐えられた。
だから僕にとって、アヤメは大切なもう一人の僕なので、手荷物で実家から持ってきたのだ。
「他のやつらも近いうちに置くからね」
立ち直った後も木彫りが楽しかったので他の動物も作ったけど、ちゃんと木材に下書きするところから始めたので、アヤメみたいはならなかった。
「きっと誰かに見せても、君だけは見向きもされないと思う」
それでもいい。
もし、アヤメを真っ先に手にとって気に入る人がいたら、多分その人とは無二の友人になれるだろう。
「それじゃアヤメ、また後でね」
アヤメに挨拶して部屋を出て一階に降りると、そこでは桜井さんが待っていた。
今度は階段近くにあるリビングに通される。
こちらも和室で、ベランダから庭に出られるようになっている。
「家事の分担の続き、しようか」
「はい。お掃除ですけど、お荷物が届いてからお片付けが終わるまでは、わたしが代わりにしますね」
「ごめんね。埋め合わせは必ずするから」
家事での埋め合わせは厳しそうなので、もし喜んでくれるなら木彫りの動物をあげてもいいかもしれない。
「次は掃除に関連して草むしりだけど僕がするよ」
「えっと、じゃあお買い物はわたしですね。よくお母さんに頼まれてお使い行ってましたし」
「ゴミ出しは僕。桜井さんよりも少しは力あるからね」
「繕い物があるならわたしがします」
こうして、互いの役割がとんとん拍子に決まっていく。
そして、意図的に避けていた洗濯が残された。
洗濯機は全自動らしいので使うのは難しくないのだが、問題は洗濯物の扱いだ。
「どうする? 男の洗濯物と分けてしたいなら別々にするけど......」
「それはその、もったいない気がします。それに今はいいですけど、学校が始まったら時間が......」
「なら混ぜてしよう。あとはどっちがするかだけど......」
例えば僕が洗濯するとして、洗濯機に入れようと手に取ったものが、桜井さんの下着だった場合、普通に洗濯機に放り込めるだろうか?
さらに干すことも出来るだろうか?
同じ疑問を桜井さんも抱いたのか、顔が真っ赤になっていた。
「......わたしがしますけど、下着だけは入れたり干すのを手伝っていただければ」
「わかったよ。あと、干すの届かなかったら遠慮無く呼んでね。下着とかはなるべく見ないようにするからね」
「はい......」
そういうわけで方針が決まった。
本当に、洗濯で大きく揉めなくてよかった。
でも桜井さん、一緒に洗濯されるの嫌くらいは言ってもよかったと思うよ?
お読みいただきありがとうございました。
こぼれ話
彩芽は手先が器用で、基本的に作るものはファンシーです。