第六十三話 彩芽くん、両親に報告する。その二
かえちゃんが目を覚ましたので、一咲さんに電話するように伝えたのだけど、僕の電話が終わるまで待ちたいということなのでこちらを優先する。
「お付き合いしている方のご両親への挨拶は、早い方がいいですから」
「そう。なら途中で電話代わるね。あ、もしもし父さん?」
『どうした彩芽? 誕生日だから親の声が聞きたくなったか?』
「それもないこともないけど、実はかえちゃんと付き合い始めて、将来結婚したいから、婚約を結ぼうかなって」
『別に構わないぞ。お前の選んだ相手で一咲と紅葉の娘だ。反対する理由もない。だがその話、一咲にはしたのか?』
「うん。条件付きだけど一応は認めて貰ったよ。けど、将来のことでちょっとだけ怒られちゃった」
父さんに僕が何となく考えた人生プランと、一咲さんが指摘した問題点を話す。すると父さんに『お前は前を見すぎていて足元や周りが見えていない』と評された。
『別に結婚自体はいつしても構わないし、結婚式の資金くらいは俺も出すつもりだ。何も自分で全部稼ぐ必要はないぞ?』
「それは甘えすぎじゃないかなって思うんだけど。いつまでも親のすねをかじるわけにはいかないよ」
『確かにな。彩芽の考えが一般的で、俺や一咲が異端なのだろう。だが、親としてはせめてそのくらいはしてやりたいんだ。子供が苦しんでいたときに何もしなかった親としてはな』
自虐的に放った父さんの言葉の意味に、すぐに思い当たる。だけどそれは、僕自身は自業自得としか思っていないので的外れだ。
「それは僕がいじめを黙っていたのが原因だから。別に父さん達は悪くないよ」
『頑固だな。誰に似たのやら』
「間違いなく父さんと母さんだよ」
『そうかもな。話を戻すが、お前のその計画では楓さんを悲しませることになるぞ? それこそ、高校卒業後に結婚、出産して貧乏暮らしの方がいいくらいだ』
「......」
『沈黙ということは、わからないということだな。ならば想像してみろ、大学に進学し、離ればなれになった自分達を』
何となく想像してみる。僕と違う大学に通うかえちゃん。僕がいないため悪い男に声をかけられ――ここまで想像してみたけど、とても耐えられそうにない。
「ごめん、無理」
『そうだろう。それをお前は楓さんにもさせようとしていた。わかるな?』
「うん。僕が間違ってた。でもそれって避けられないよね?」
僕のしたいこととかえちゃんのしたいこと、どちらも未だ不明確ではあるけれど、全く同じということはないだろう。なら、たとえ同じ大学へ進学してもいずれはそうなるのは確実だ。
『ああ。しかしだ、そこに確かな繋がりがあれば違うはずだ』
「繋がり」
『そうだ。相手の存在を感じられるものを、肌身離さず身に付けていればな。特に結婚指輪は、しているだけで他人にも誰かのものとわかるからな』
確かにそうかもしれない。先程の想像でかえちゃんが結婚指輪をはめていたと仮定する。既婚者だと知れば声をかけてくる悪い男は、恐らく減るだろう。
『楓さんを幸せにするつもりなら手段を選ぶな。俺達にも遠慮はいらない。頼るのが嫌なら、利用していると考えろ』
「わかったよ。あとなんだけど、かえちゃんが挨拶したいって言うから代わるね」
『おいちょっとまて彩芽、そこに楓さんがいるなら先に言え』
父さんの抗議を無視して、かえちゃんに電話を代わる。
「あの、あやくんのお父さんの樹さんでしょうか?」
『ああ、こうして話すのはいつ以来か。そこにいる馬鹿者の父親の樹だ。いつも息子が世話になっている』
「いえその、あやくんにはいつも助けられています」
『そうか。あなたの挨拶の前に、まずはお礼を言わせて欲しい。ありがとう、彩芽を癒してくれて。そちらに向かったばかりの彩芽は、いじめのことを清算していたものの、優しさに飢えていた。それが今では友達も出来て、幼馴染とも和解した。すべては楓さんのおかげだ』
父さんが語ったお礼に、僕は真っ赤になり思わずかえちゃんから目をそらす。あの頃の僕の内情を、赤裸々に暴露され顔から火が出そうだった。
「いえ、あやくんは最初から優しかったですよ?」
『それはきっと、楓さんの見た目が幼い少女だったから、子供に接するようなものだったはず。同年代とわかったら距離を置こうとしたと思うが、違うか?』
「そうでしたけど、わたしからお頼みしました。そうしたらあやくん、ちゃんと優しく接してくださいました」
『三つ子の魂百までとはいうが、どこかに楓さんの記憶が残っていたのだろうな。それでも一咲達が出て行かなければ、積極的に関わろうとはしなかったかもしれない』
推測で話している父さんだが、実際に全て当たっているので、反論することも出来ず黙って二人の通話を聞いている。
『偶然が重なったとしても、彩芽を救ったのは間違いなく楓さんだ。これからも末永く息子を頼みたい』
「はぅぅ、わかりました。あの、今はお付き合いですけど、いつかはあやくんと夫婦になりたいと思っています」
『そうか。楓さんみたいな娘なら、俺も撫子もいつでも歓迎する。夏休み、一咲と紅葉がそちらに戻った後で構わないから、一度こちらにも顔を出して欲しい。彩芽のことだから忘れかねないから、頼んだぞ?』
「はい、必ず。それでは失礼いたします、樹お義父さん。撫子お義母さんにもよろしくお伝えください」
そう言って通話を終えたかえちゃん。多分向こうでは大騒ぎなんだろうな。母さん、かえちゃんのこと気に入ってるから。
「はぅぅ、かなり恥ずかしいです」
「なら言わなかったらよかったのに。かえちゃんって、たまに調子に乗って恥ずかしいこと言うよね。告白の時の旦那様呼びもそうだけど」
「はぅぅ!」
思い出して身悶えするかえちゃん。でも、旦那様呼びは結構いい感じかも。僕も何か良い呼び方はないかと考えながら、かえちゃんの作る夕飯を楽しみに待つのだった。
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