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第六十二話 彩芽くん、両親に報告する。その一

 かえちゃんの顔の赤みが引いてきたので、一咲さんに電話をかける。もちろんスピーカーにして、かえちゃんにも聞こえるようにしておいた。


「もしもし一咲さん、今ご在宅でしょうか?」

『彩芽君、どうしたんだい?』

「実はかえちゃん、楓さんとのことなんですが」

『楓ちゃんの? ああ、今は家だから大丈夫だよ。それで何かあったのかい?』


 さあ、ここからが勝負どころだ。一度大きく深呼吸して、かえちゃんとの交際を始めたことを伝えた。


「実は本日よりこの佐藤彩芽は、桜井楓さんとお付き合いさせていただくこととなりました」

『そうかい。おめでとう。しかし意外と遅かったね。仲睦まじい君達の様子を、入学式の日にそっちに行った紅葉さんに聞いてから、秒読みだと思っていたけれど』

「あの、反対されたりとかは?」

『するわけがないだろう。用件はそれだけなのかい?』


 反対されなかったのは好都合だけど、まさか歓迎されるとは思っていなかったので面食らいつつ、本題へ入る。


「いえその、楓さんとの婚約を認めていただきたいと思いまして」

『婚約って、ずいぶん気が早いね。まあ君なら楓ちゃんのことを託せるから構わないよ』

「えっ!?」


 婚約も反対されなかった、それも悩まず即決されたので頭の中が真っ白になった。娘をくださいってシチュエーションでこう答える一咲さんが例外なのだろう。


『なんで君驚いてるんだ。まさか断るとでも思ったのかな?』

「はい」

『見くびらないでくれるかな? 僕達は楓ちゃんの幸せを第一に考えているんだ。その楓ちゃんが、これまでの人生のほとんどで想い続けた君のことを、認めないほど狭量じゃないよ』


 一咲さんのかえちゃんに対する想いが痛いほどに伝わり、僕は衝撃を受けた。なら僕にはその想いに応える義務がある。


「一咲さん、僕はかえちゃんを必ず幸せにしますから」

『うん。期待してるよ。それで実際に結婚するのはいつなんだい?』

「すみません、その辺りは全然決まっていなくて。呆れますよね?」

『一般論で言うなら甘いの一言だね。ただまあ、君の希望でいいから聞かせてくれないか?』


 希望を聞かれ、反射的に高校卒業してすぐと言いそうになったが我慢だ。真っ赤になったかえちゃんも何か言いたそうにしていたが、それを制して現実的と思われる回答を口にした。


「でしたら、卒業後働き始めて、充分な収入が得られてからにしようかと。自分で家を借りて生活しながら、何とか三十歳までに出来たらと思っています」


 僕の回答に、かえちゃんはうつむき、一咲さんは電話の向こうで大きなため息をついた。想定が甘いと思ったのだろうと考えた僕だったけど、一咲さんからの返答は意外なものだった。


『君はいつまで楓ちゃんのことを待たせるつもりなんだい? そこは高校卒業後すぐと言って欲しかったよ』

「言いたかったですけど、さすがに無責任と思いまして」

『高校卒業後に紅葉さんと籍を入れた僕を、無責任と言うのかい?』

「うぅっ!!」


 一般論を言ったつもりだったが、まさかの事実に言葉に詰まる。そういえば父さんと母さんは大学卒業後に結婚したって言ってたような......あれっ、おかしいのは僕?


『それに、君はそこを引っ越すつもりかい?』

「この家は一咲さんと紅葉さんのものですから、僕がいつまでも住むのは間違っていると思うので」

『君は真面目すぎだよ。堅実なのはいいけれどもう少し頼ってくれていいんだよ。もっともそれ以前に、君には話し合うべき相手がいるからたっぷり話しなよ』


 一咲さんの言葉を聞き、隣に座るかえちゃんに目を向けると、僕を見ながらコクコクと頷いていた。そうだよ、結婚は二人でするものだった。折を見て相談していこうと思う。恥ずかしがってしまうから前途は多難そうだけど。


「わかりました」

『婚約の話については、樹さんにも相談しておくよ』

「それは僕の口から言います」


 父さんは重大な話を人づてに聞いた場合、確実に怒るので頼めない。そのことは一咲さんも知っているはずだけど。


『それがいいよ。ここで頼ったら意見を翻すところだった』

「本気ですか?」

『ちょっとだけね。ところで、楓ちゃんとはどこまで進んだのかい?』

「はぁっ!?」

「はぅぅ!」


 真面目な話が一転、下世話な内容に切り替わったため、僕の口から素っ頓狂な声が漏れ、目を回したかえちゃんが僕の方に倒れ込んできた。ああ、気絶してるときの顔ってこんな感じなんだね。当然、こちらの様子は一咲さんに伝わっていないため話は続く。


『いやさ、親としては気になるじゃないか。婚約と言いだしたのがそういう理由で、責任を取るためとかだったら君の評価――は別に変わらないけど、将来の息子とは是非腹を割って話したいからさ』

「娘さんとは清いお付き合いをさせていただいております。告白のときもキス出来ませんでしたよ」


 かえちゃんが気絶しているので濁さず正直に白状した。男の端くれとしては情けない発言であったからか、一咲さんも親としてより男として僕に呆れたようだった。


『ヘタレかい、君は。それだと婚約を許可するのに条件を出さないとならないかもね』

「条件、ですか?」

『ああ。そうだな、僕達が帰るまでに恋人らしく振る舞えていることにしよう。帰ったときに判断するから、そのつもりで』


 一咲さんの出した条件は抽象的で、時期もハッキリと言及しなかった。


『少なくとも今日明日の問題じゃないから、安心してくれていいよ』

「あの、それ以前に恋人らしくって」

『自分達が思う恋人らしさで構わないよ。ところでさっき楓ちゃんの声が聞こえたけど、まさか隣にいるのかい?』

「ええ。限界になったみたいで倒れました。膝枕で介抱してあげたいので切りますね」

『そうしてくれると助かるよ。それと、楓ちゃんに後で電話させてくれないかい? 婚約の条件を伝えるからさ』

「わかりました。ではまた今度です」


 通話を終わり、かえちゃんの頭を膝に乗せて優しく撫で続ける。この小さな女の子との将来を、真剣に考えながら。

お読みいただきありがとうございます。

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