第六十一話 楓ちゃん、髪を切る
再開しました。
恋人になったわたし達が初めてしたことは、わたしの前髪の断髪式でした。わたし自身はそこまで気にしていませんでしたが、あやくんにとっては許せなかったようです。
「そんないかにも失敗しましたって髪で外には出せないよ。友達が見たら間違いなく心配するから、僕が切ってあげる。だからちょっと待ってて」
あやくんは一度自室へ戻り、芹さんから貰ったハサミと、なずなちゃんからプレゼントされた手鏡を持ってきました。さらにわたしにフードを取った雨合羽を被せ、椅子に座るよう指示されました。
「それでかえちゃん、髪型に希望はあるかな?」
「いえ......特にはないです」
「じゃあ、普通に眉にかかるくらいにしてあげるよ」
あやくんに髪型をお任せし、わたしはじっと座ります。前髪にハサミを入れたことで、結構な量の髪の束が床に散らばりました。あやくんは心配そうに見つめましたが、問題なかったみたいでそのまま続けました。はぅぅ、あやくんのお顔がとっても近いです。
「あやくんのお顔がハッキリと///」
「話しかけないで。うっかり手がすべって台無しになるかもしれないから」
「はい......」
「ごめんすぐ終わらせるから。ここはこうして、こっちは切りすぎてるから......」
前髪がきちんとしていく度、しっかり見えてくるあやくんの綺麗な顔に動揺します。そして、どきどきに身を任せているうちに切り終えたようで、赤いお顔をしたあやくんが一息つきました。
「ふぅ、何とか終わったよ」
「あの、どうなりました?」
「鏡で確かめてみて。ほら」
渡された手鏡でわたしを映すと、前髪が整えられていました。見慣れたわたしの顔も、前髪だけでここまで変わるのかと思いました。
「明日からこれで登校してみんなを驚かせようか。きっと大騒ぎになるよ」
「それはちょっと言い過ぎなような」
「言い過ぎじゃないよ。かえちゃんは可愛いんだから」
「はぅぅ///」
あやくんに可愛いと言われ、お顔が熱くなります。何だかあやくんが手を動かそうとして、それを堪えるような仕草をしていました。一度コホンと咳払いしたあやくんはわたしに質問します。
「かえちゃん、急に前髪切ったことで不具合とか違和感は無いかな?」
そう聞かれて、髪を切ってから今までのことを思い返しますが、少し眩しく、世界がハッキリ見える以外には特に変わりませんでした。なので、心配させないように答えます。
「いえその、そういうのはないです」
「本当? 無理してない?」
聞き返すと同時にわたしにお顔を近付けるあやくん。その行為によって、一つだけとっても重大な不具合があることに気付きました。ですけど、ものすごく言いにくいです。言うと嫌われるかもと思いましたが、言わないと絶対にあやくんが怒るので正直に言います。
「大丈夫です。ですけど......あやくんがお綺麗で、格好良すぎてお顔を見られません......」
「いや、それは僕もだからね。かえちゃんが可愛すぎて直視出来ない」
そう言いながら手で顔を覆い、チラチラとお互いを見るわたし達。完全に動きがシンクロしているので、通じ合ってはいると思いますけど、これでは会話もままなりません。
「はぅぅ」
「はぁ」
同時にため息をつくわたし達。付き合い始めたのに距離が離れたような気がして、寂しくなりました。するとあやくんが、わたしの手を握ってきました。
「顔を見るのは恥ずかしいけど、こうやって触れることは出来るからね」
「はぅぅ!」
顔を見せなくても、伝わってくるあやくんの優しさに、わたしはキュンとしました。そのことがわたしに一つの決意を促しました。
(今日中に、お顔を見てお話出来るようになります!)
照れていても恥ずかしくても、お話しできないよりはずっといいのですから。あやくんも同じだったみたいで、真っ赤なお顔をしながらわたしに提案をしてきたのです。
「ダイニングで顔を見て話す練習しようか。まずは離れて、それから徐々に近付いて。ある程度で慣れてきたら、恋人らしいことしていこう」
「その、わかりました」
そうして、切った髪の毛を片付けてダイニングに向かいました。話しかけるためにわたしの方を見ようとして、照れてしまって急に逆の方を向いたあやくんから、お部屋の隅で壁を向くよう指示されました。
(なんだかだるまさんがころんだをしているみたいです)
そう考えたわたしでしたが、実際振り向く度に近付くあやくんの姿を見て、ますますそう感じました。やがて二メートルほどの距離まで近付いたあやくんから声をかけられました。
「かえちゃん」
「あやくん、何でしょうか?」
少し照れますが、あやくんの方を向いて返事をしました。するとあやくんもちょっとだけ頬を染めて、さらにお返事を返してきました。
「ただ呼んだだけだよ。もっと近付いてもいいかな?」
「その、いいですよ。まだ大丈夫ですから」
「じゃあ次は、かえちゃんから話しかけてね」
一メートルほどまであやくんが近付いてきました。はぅぅ、意外と近いです。近いですけど、頑張ればまだ見られそうです。深呼吸して、あやくんへと呼びかけます。
「......あやくん!」
「な、何かなかえちゃん!?」
「わ、わたし、頑張りますから......もっと近付いて、なでなでしてください!!」
勇気を出しておねだりするわたしを、ポカンとした表情で見つめるあやくん。
「あの、何かおかしかったでしょうか?」
「ううん、そんなことないよ。お互いの顔を見て話せるようにするため、どきどきするのを我慢して頑張るんだから、その分ご褒美は必要だなって思っただけだよ。そういうわけで、手が届く距離に挑戦しよう!」
距離を詰めたあやくんは、伸ばした手をわたしの頭の上に置きました。はぅぅ、撫でられちゃいます!
「かえちゃんの顔、すごく赤いね」
「あやくんに触れられているからです。それに赤くなったお顔が、すごく綺麗で」
「かえちゃんだってすごく可愛いよ」
お互い真っ赤な顔をして、いつもより少しだけ離れたなでなでは続きました。あやくんはいつもなでなでを終わるとき、わたしの頭をポンポンと軽く二回タッチします。その仕草を合図に、わたしはあやくんとお話するため目を合わせます。
「かえちゃん、頑張ったね」
「あやくんもお疲れさまです。あの、ところでこの練習、わたしやあやくんのお部屋じゃだめだったんですか?」
そこまで広くはないですが、お部屋でも距離を取った会話は出来ます。わざわざわざわざ移動した理由を訊ねると、意外な答えが返ってきました。
「僕とかえちゃんの両親に付き合い始めたことと、将来結婚したいって報告をしたくてね。さすがに場所的にちょっとどうかと思ったんだ」
「はぅぅ!」
結婚というフレーズを聞き、わたしは頭から湯気が出るほどにどきどきしました。
「本当なら髪を切った直後に移動したかったんだけど、いくらなんでもまともに話せない状況で付き合い始めたと言っても説得力ないし、出来れば今日中に言いたかったから」
「はぅぅ、それでその、どうされるのですか?」
「一咲さんか紅葉さんに、交際の許可を取る。そこでの反応次第だね。もし反対されたら、ついてきてくれる?」
「もしそうならあやくんにどこまでもついていきます」
多分反対はされないと思いますけど、それでも答えは変わりません。あやくんと離れるなんて想像したくもないですから。
「よかった。ちなみに僕も両親に反対されたら、認めてくれるまで駆け落ちするつもりだから」
「はぅぅ!」
告白してからあやくん、ずっととんでもないこと言ってます! 嬉しいです、嬉しいですけどわたしのお胸が持ちませんから!!
お読みいただきありがとうございます。




