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第六十話 彩芽くん、告白する

幼馴染編及び第一部完結です。

 かえちゃんと二人きりになったので、約束の件で話しかけようとしたら、いつものかえちゃんでは考えられない速さで部屋へと逃げた。追いかけてドアノブを回してみたが途中で止まったため、ノックして呼びかける。


「かえちゃん、開けて」

『すみません......今は放っておいてくれませんか?』


 ささやくような声がドアの向こうから聞こえたので、仕方なく退散し一人で後片付けを済ませ、化粧を落として着替えた。


(今は、ね。それなら待とうか)


 かえちゃんが落ち着き、出て来るのを待つ間、受け取ったプレゼントの整理をすることにした。


(木彫りと女装と身だしなみで、綺麗に分かれたよね)


 どれも実用品なのでとてもありがたい。女装グッズは実用品ではなくネタ枠ではと思ったけど、何だかんだで役に立ったしこれからも使うだろうから大切にとっておく。動物写真集と写真立て、彫刻刀は他の道具や素材を入れている引き出しにしまった。


 ハサミと手鏡はひとまずこのまま置いておく。約束を思い出し履行した以上、前髪を切ってあげないと終わらない。


(上げられて役目を終えたはずのベールが、いつまでも残っているのは不自然だから、なんてね)


 我ながらクサいことを考え、おどけるように笑う。女装したからか思考がかなり乙女チックに染まっている気がする。そもそもマレーバクのぬいぐるみを無意識で抱いている時点で重症だ。


(いや、ちゃんと男の子だから)


 女装してリンと会ったり心節と出掛けてみたりして、改めて確信した。僕はちゃんと女の子が好きだということを。ときめいたのはかえちゃんだけなので間違いない。


 男として最低限当たり前のことを考えていると、ドアが開き、階段を降りていく音が聞こえてきた。追いかけたり待ち伏せしたりしようかとも思ったが、晩ご飯の準備をしている可能性があるので邪魔はしない。


 ところがどうも違ったみたいで、階段を上る音がした。一階に何かを取りに行ったのだろう。その正体は特有の音によってすぐに掃除機だとわかった。だが、それが理解できたことでさらに疑問が生じた。


(かえちゃんが自分の部屋を、この時間に掃除するなんておかしい)


 基本的にきれい好きなかえちゃんだけど、わざわざ自分の部屋を掃除するだけで掃除機を持ち出すことはしないはず。


(放っておいてと言いながら気になることしないで欲しいな)


 どうしても気になった僕はかえちゃんの部屋の前に立っていた。掃除機の駆動音が止まったので、部屋のドアを開け中へ入る。するとノックも無しにいきなり入ってきた僕に、かえちゃんは驚いて目を見開いた。そして僕もまた、衝撃的な光景を目にし大声を上げたのだ。


「か、かえちゃん何ですかそれ!?」

「は、はぅぅぅ!!」


 散髪失敗しましたと言わんばかりの、無造作を通り越したざく切りの前髪。だけどそれは、これまで秘されていたかえちゃんの顔が表に出ているということでもあった。澄み切った大きな黒い瞳は潤んでいて、頬はトマトのような色合いになっていた。


 あまりの可愛らしさに、気付いたらかえちゃんを抱きしめていた。これから話をするつもりなのでちょうどよかった。


「あ、あのっ!」

「かえちゃん、話しようか」

「はい......」


 後ろ手で鍵を閉め、お互いに正座する。かえちゃんは緊張しているようで、視線をあちこちに彷徨わせていた。いっぱいいっぱいなのが目に見えてわかり、このまま本題に入るとまた気絶してしまいそうだと感じたため、緊張をほぐすためちょっといじってみることにした。


「かえちゃん、よっぽど慌ててたんだね」

「えっと、なにがでしょうか?」

「ルーズソックス、ちょっと脱げかけてるよ?」

「はぅぅ!」


 指摘してあげると、きっちり直して改めて正座するかえちゃん。もうちょっとリラックスさせてあげようと考えさらに続ける。


「こういう風に直したり、洗濯して干したり畳んだり、いつも大変そうだから、もっと短いルーズソックスにしたらどうかな?」

「はぅぅ」


 かえちゃんは目を潤ませながらイヤイヤと首を横に振る。その姿がまんま子供で見ていて心が和むが、表には出さない。


「それ以前に、そんなに苦労してる時点で、かえちゃんには合ってないんじゃないかな?」

「あの、あやくん......お嫌いですか?」


 ほろりと、一滴涙が落ちた。それを見てやり過ぎたと思い、すぐに本音で謝ることにした。


「ごめんねかえちゃん! ちょっと意地悪しただけだから! 個人的にはかえちゃんに似合ってると思ってるし可愛いと思ってるから!」

「はぅぅ、意地悪、ですか?」

「そうだよ。緊張してたから紛らわせようと思って、それから本題に入りたかったのに泣かせちゃって、本当にごめん!!」

「いいですよ。あやくんの意地悪なら許します」


 頭を下げた僕を、かえちゃんは優しく微笑んで許してくれた。これから告白するのに、意地悪しすぎて嫌われたら元も子もない。


「あやくん、ところで本題って何でしょうか?」

「さっきの、前髪を上げておでこへキスした件だよ。かえちゃんも、それがあったから前髪切ったんだよね?」

「はい......約束が果たされたので自分から切りました」

「別に言えば切ってあげたのに」

「そのくらいは、自分で頑張らないといけないって思いましたから」


 これまで自分を守っていた鎧であり、縛っていた枷でもある前髪と、自ら決別したかえちゃん。その瞳には強い光が宿っていた。


「ですから、もう一つだけ勇気を出します。あやくん、わたしはあやくんの――」

「待って。それは僕から言わせて欲しい」


 何か言おうとしたかえちゃんの唇を、人差し指で触れて止める。それだけでかえちゃんの顔全体が上気した。その可愛らしい反応に悶えつつ、僕はかえちゃんへ告白する。


「好きです、かえちゃん。僕と......結婚を前提としたお付き合いをさせてください」

「えっ......!?」

「でもさすがにまだ結婚できる歳じゃないから、とりあえず今は恋人として過ごしたい。だめかな?」


 かえちゃんの目にはポロポロと涙が溢れ、何かを言いたそうにしているけれど、どうも言葉が出ないようだった。泣いてしまったかえちゃんを抱きしめて、背中を撫でてあげた。トクントクンと僕よりも速い鼓動と、高めの体温が胸元から伝わってくる。泣き止んだかえちゃんからの返事は、もちろん肯定だった。


「はい......わたしも、あやくんが大好きです。いつかわたしをお嫁さんにしてくださいね、旦那様♪」


 僕の胸元で、満面の笑みを浮かべたかえちゃん。僕の幼馴染にして恋人、そして婚約者となった彼女を生涯大事にすると、過去の僕達へと誓うのだった。

 お読みいただきありがとうございます。これで幼馴染編が終わり、一区切りつきました。今のところ完結ということにしていますが、実はまだ続きます。といいますか色々とぶん投げで終わるのはどうかと思いますので、続きである第二部を終わらせてエンディングという形にしようと思います。


 さて、その第二部ですが、恋人同士になった彩芽と楓の甘くてじれったい触れ合いを書いていこうかと思っています。それに関して一つネタバレをしておきますが、卒業まで彩芽と楓は清い関係のまま交際を続けます。理由は当人達がヘタレだからです。そのヘタレ度合いはプロローグに書いてあるように、唇へのキスすらまだという時点でお察しください。


 これからもこの二人の、じれったくも甘い関係を見守っていただけたら幸いです。それでは、また近いうちに。

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― 新着の感想 ―
[一言]  第一部完結おめでとうございます。  二人の甘い恋物語は、続いていくのですね。  いろいろ思うところはあったと思いますが、なにはともあれ、とりあえず締めるのは良かったと思います。  新たな展…
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