第五十八話 彩芽くん、祝われる
これを入れてあと三話です。
混乱の極地にいた僕の背中を心節くんが押し、ダイニングへと連れ込まれた。突然祝福されて唖然とした僕の顔を見て、かえちゃんは安堵していたが他の三人はどこか満足げだった。
「まさかこんなに驚いてくれるなんてね」
「苦労したかいがあったわ。彩姫のこんな顔初めて」
「そうね。心節君も時間稼ぎありがとう」
「おう。しかし彩芽な、今日が誕生日って言わなかったんだぞ?」
「え、嘘!?」
「マジだ。どうせ忘れてたんじゃねーの?」
「彩姫なら、意外と抜けてるし天然だからありえるかも」
好き勝手言う心節くんと三代さん。失礼な、そもそも誰にも伝えてないし、当日に言うとせびってるみたいで悪い気がするから言い辛かったんだよ。でもだったらどうしてみんな僕の誕生日知ってるの?
「僕誰にも誕生日って教えてないよ?」
「あの、わたしがみなさんに教えて、内緒で祝おうって計画しました」
「えっ、かえちゃん!?」
「計画だけじゃなくて、まとめ役もしてたわよ?」
おずおずと手を挙げるかえちゃん。覚えているかもとは思ったけど、まさか引っ込み思案のかえちゃんが自分から行動するなんて思わなかった。
(まだまだ、僕の知らないかえちゃんがいるんだ)
幼馴染の意外な一面を見られ、胸の奥が温かくなってくる。だけどそれだけじゃない、かえちゃんに協力してくれたみんなの優しさに僕は強く心を打たれた。
「楓ってば彩芽君に喜んで貰うって、ただそれだけのためにアタシ達みんな引っ張って、本当にすごいと思うわ」
「おかげで楽しかったよ♪」
「楓たんの家にも遊びに来られたし、彩姫の女装も見られたし満足よ」
「まあ、メインイベントはこれからだがな」
「あやくん? どうして、泣いてるんですか?」
「えっ!?」
かえちゃんに指摘されるまで僕は泣いていることに気が付かず、一度流れ出した涙はもう止まらなかった。
「みんなっ、あり......がとう、ございますっ!」
「あらら、彩姫泣いちゃったね」
「可愛いわ」
「二人とも茶化さないの」
「つーか主賓が泣いてたらどうしようもねーだろ。楓、何とかしろ」
「なんとかって......はぅぅ、えいっ!」
泣いてて前が見えない僕の頭を、かえちゃんが撫でてくれる。優しさに包まれて、僕の目から流れ出す雫は自然と止まっていた。撫で終わって優しく微笑んだかえちゃん、その慈愛の表情にときめいた僕は、行動で感謝の意を伝えたのだった。
「かえちゃん!!」
「きゃっ、あやくん!?」
「ありがとう......大好きだよ」
「はぅぅ!」
抱きしめて耳元で想いを伝え、耳まで真っ赤になるかえちゃん。胸の鼓動がハッキリと伝わって来るけど、これだけではまだまだ伝え足りない。なので髪を撫でるように前髪を上げ、可愛らしいおでこに口づけした。かえちゃんのどきどきが、さらに大きく速くなっていた。
「はぅぅ!?」
「かえちゃん、絶対に約束は守るから覚悟しててね」
「はぅぅぅぅ! あっ......」
「わわっ、かえちゃん、かえちゃん!?」
約束について語ったことで限界を超えたのか、僕の胸元に寄りかかるようにして気を失うかえちゃん。離れると床に倒れ込みそうなので、抱きしめながらどうにか膝枕の体勢に移行し事なきを得た。
「彩姫王子様みたいだね。それで楓たんと付き合うの?」
「約束の内容的には結婚じゃない?」
「あっ、そっか。彩姫、可愛いお嫁さん貰えてよかったね♪」
「はぁ、ありがとうございます......って、どうしてお二人とも約束のことを!?」
三代さんも南条さんも当たり前のように約束について語っていることに驚愕した。まさかそっちもかえちゃん話したの?
「アタシが説明するわ。一言で言うなら楓が前髪のことでいじめられないようにするためよ。もちろん本人は了承済みよ。好きな人が思い出すまで、おまじないでやってるって言われたら、女の子的には応援したくなるものだから」
「彩姫にバレたら台無しだから、男の子の方には別の噂流したんだ♪」
「そっちの噂は家庭の事情ということにしたけど、そこまで流行らなかったわ」
「オレも一度聞いたくらいだったからな。ま、うちのクラス以外の男子は楓のこと、地味な根暗チビくらいにしか思ってないだろうし。オレは思ってねーから、そんな目で見るな」
四人の説明で納得しつつ、とりあえずかえちゃんを馬鹿にした男子には今度制裁を加えることに決めた。なお、やってしまったことで彩姫の名前がさらに広まることになるのだけど、それは別の話。
かえちゃんがまだ目を覚まさないので、三代さんや南条さんから彼氏のことを聞いてみたり、心節くんと芹さんをからかってみたりして待つ。思ったけど、僕の周りってカップルとかそれに近い人多いよね。
「それ、彩姫が言う? てか彩姫、あたし達も名前で呼んでよ」
「いいですけど」
「そういえば彩姫いつの間にか彩姫ってあだ名に文句言わなくなってるわね?」
「あなた達がいくら指摘しても直さないから、面倒になって諦めたんです」
「やったね牡丹♪」
「これで心置きなく呼べるわ」
もう一つ、自分からノリノリで女装したことで否定する理由が無くなったというのもある。あだ名が認められ喜ぶ二人を尻目に膝の上のかえちゃんを軽く撫でると、小さくピクリと動いた。もう起きるかな?
「んっ......あれっ、わたし......?」
「かえちゃん気が付いた――」
「は、はぅぅぅぅ!!」
目覚めたかえちゃんをのぞき込むと、弾かれたように起き上がり、芹さんの後ろに隠れ真っ赤な顔してチラチラと僕を見る。可愛いけど、どうしてそんな行動を取ったのかわからず、僕は戸惑う。
「ええっ......?」
「ふふっ、なるほどね。これはまだ楽しめそうよ、百合」
「本当、彩姫と楓たんは可愛いよね♪」
「お二人とも、何かご存知――」
「楓が起きたなら早く始めよーぜ? 昼メシ食ってねーから腹減ってきた」
かえちゃんの不可解な動きの意味がわかったのか、何故かニヤニヤしていた百合さんと牡丹さん。聞き返そうと問いただそうとしたのと同じタイミングで、からかわれ部屋の隅で膝をついていた心節くんが、かえちゃんの目覚めに合わせて戻ってきた。もちろん後ろに芹さんもいて、心節くんを諫める。
「心節君、その発言はどうかと思うわよ? あと彩芽君、聞くのはいいけど誕生日会が終わってからにしなさい。それに楓、彩芽君に嫌われたくないなら主催者として最後まで務めなさい」
「はぅぅ! わかりました!! み、みなさんあやくんのお誕生日会にお集まりいただきありがとうございます。えっと、その、あやくんお願いします!」
芹さんに発破をかけられたかえちゃんは挨拶をした後、僕に丸投げしてきた。当然用意もないので思ったことをそのまま口にした。
「いきなり挨拶と言われましても、そもそも祝っていただけると思ってもいなかったので、面食らっているというのが正直なところです。ですが、子供の頃からずっと僕の誕生日を覚えてくれていたかえちゃんと、そのかえちゃんの呼びかけに協力してくださった心節くん、芹さん、百合さん、牡丹さんという、かけがえのない友達を持って、僕は果報者だと実感しました。みなさん本当にありがとうございます。これからも末永く友達でいてくれたら嬉しいです。さて、あまり長話しても仕方ありませんし、このまま乾杯とさせていただきますね。では、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
僕は素直な感謝の意を示し、そのまま乾杯へ移り今日のお昼ご飯兼誕生日会が始まった。ちょっと早口だったのは照れ臭かったためだ。
お読みいただきありがとうございます。




