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第三話 彩芽君、過去を告白する

 対面で座り語り合うことにした僕と桜井さん。


 さて、二人での生活を始めるにあたっての問題点はなんだろうか?


 倫理や世間体はひとまず置いておくとして、さしあたっての問題は生活費つまりお金だ。


 とりあえず最低限でいいから生活費を振り込んでくれるように、桜井さんのご両親(主犯)うちの両親(共犯)に頼まないと。


 さすがにそのくらいはして貰わないと割に合わない。


 まあ、下手すれば育児放棄になるので、多分通るとは思う。


「桜井さん、ご両親の電話番号わかるかな?」

「えっと、はい」

「ちょっとお話があるから教えて欲しい」


 桜井さんから、一咲さんの連絡先を聞いて電話をかけると、数回のコール音ののちに繋がった。


「もしもし。佐藤彩芽です。今大丈夫ですか?」

『タクシーで移動中だから大丈夫だよ。それで、恨み節でも言うつもりかな?』

「いいえ。そんなことは言いません。僕達の生活費についてです。うちの両親にも話そうと思っていますが、最低限で構わないので出していただけますか?」


 僕のお願いに、一咲さんはすぐに返事をした。


『いいよ。お金の話ならあとで樹さんとも話して、結果を改めて伝えるからさ。他にも必要なことがあるならやっておくよ』

「ありがとうございます。断られたら二人でアルバイトしようかと思ってましたよ」

『そう言ってくれるのは嬉しいよ。ただ、そんな君にこんなことを言うのもなんだけど、アルバイトは許可できない』


 一咲さんが申し訳なさそうに、しかしハッキリと断言した。


「どうしてですか? 僕がいじめを受けていたからですか?」

『そうだよ。君は自分では立ち直れていると思ってるだろうけど、他人から見るとそう見えない。僕がちょっと見ただけでもわかるレベルだよ?』


 そこまで酷いのか......それなら高校生が出来るようなアルバイトも僕には無理か。


『ただ、許可できない一番の理由は、楓ちゃんを守って欲しいからだけどね。というかそれがアルバイト代わりだからね。しっかり頼むよ』

「僕に出来るでしょうか?」

『君だから頼んでるんだよ。また何かあったら連絡してくれて構わないよ。それじゃあまた』

「はい。またです」


 一咲さんとの通話が終わると、桜井さんが哀しそうな顔で僕を見つめていた。


「わっ、桜井さんどうしたの!? 何か怖いことあった!?」

「あの......いじめって、あやくん、誰かにいじめられていたんですか?」


 そう聞いてくる桜井さんの頬が、一筋の涙で濡れる。


 ご両親は知ってるのに桜井さんには伝えてなかったんだ。


 仕方ない。これは言わないと駄目だよね。誤解されたら困るから。


「うん。中学時代にね。だけど僕としては済んだ話だから」

「嘘です! 今もお辛そうです!」

「......本当だよ。いじめに関しては完全に決着してるから。とりあえず僕が不登校になった原因を話すね」


 僕の女の子みたいな外見が理由で男子から告白され、女子からは嫉妬された。


 これだけならいじめの原因にならなかったんだけど、僕を男と気付かず告白してきた男子にすごくモテる人がいて、それが原因でいじめが始まった。


「ひどい......です」

「まったくだよ。そもそもの理由が勘違いの告白なのに、恥をかかされたっていう言い分がこれまたね」


 だがまあ、その男子が男女ともから人気があったので、恥をかかせた僕が悪となり、いじめが拡がるのもすぐだった。


 僕自身が人付き合いが得意じゃ無いのも災いして、次第に味方は減っていって最後は孤立し、僕は心が折れ不登校になった。


「そこから立ち直るまでずっと自宅で過ごしてた。それで、休んで心が癒やされて、いじめた側も反省し、無事に卒業出来ました......なんて甘い展開にはならなかった」

「えっ......?」

「当然だよ。僕は逃げていただけなんだから、状況が好転するわけないよ」


 立ち直り復学した僕を待っていたのは、歓迎どころか存在そのものの無視、完全に腫れ物を触るような扱いだった。


 まあ確かに長期間不登校だった僕に居場所が無いのはわかるよ。


 でもだからって無視は酷くない? 


 それで僕は絶望して、孤独のまま逃げるように卒業した。


 まあ卒業式当日、こっそり学校の校門に僕がいじめを受けたこと、それを主導していた相手の名前と写真、さらに積極的にいじめに関わった生徒の名前を纏めて張り出したのも、逃げてきた理由だけど。


 無視をした生徒の名前を入れなかったのは、対象が多すぎたからだ。


「そういうわけで、僕の話は終わり。個人的には連中から離れたことで決着してると思ってる」

「......そんなの、悲しすぎます」

「いいんだよ。桜井さんやご両親に会えただけでも、充分お釣りが来るからね。父さんと母さん以外の人、特に同年代の子に優しくされたの、いつ以来だろう?」


 僕の場合制服を着ていたら他人が避け、私服ではナンパされるので純粋な善意に触れることがあまりない。


 そのため、僕を男と認識した上で優しくしてくれる相手は大変貴重なのだ。


「そう......ですか」

「だから、桜井さんは普通にしてたんでいいんだよ」

「わかりました。あやく......佐藤さん」


 桜井さんが返事をするが、さっきから僕の呼び方が変だ。


 多分あやくんと言おうとして急に佐藤さんに訂正してる。


 ここは聞いておいた方がいいね。


「桜井さん。さっきから僕への呼び方がおかしいけど、無理に名字で呼ばなくていいんだよ?」

「はぅぅ、その、事情がありまして!」


 事情、ね。まあ深くは聞かないよ。


 僕もいじめについて、全部語った訳じゃないから。


 心が折れた理由は、幼馴染がいじめに加わったからなんて、とても桜井さんには言えない。


 裏切られたことで楽しかった思い出も汚され、思い出すのも辛いから過去ごと記憶の奥底に封じ込め鍵をかけた。


 だから僕は中学時代より昔を思い出せない。


 多分これが、今も僕が辛そうに見える理由だ。


 などと重いことを考えていたら、携帯からメッセージの通知音が鳴ったので確認する。


「これ、父さんからだ。桜井さん、生活費についてメッセージ来たから一緒に見よう」

「えっ? あの......?」

「いいから見よう」


 隣に移動して桜井さんにも画面を見せる。


 水道光熱費は桜井さんの口座から引き落とし、その他の生活費、主に食費などは僕の口座に振り込まれるそうだ。


「だから、僕がお金を引き出して桜井さんに渡す形になるっぽい。無駄遣いを避けるためらしいけど、何だか夫婦みたいだね」

「ふ、ふうふ!?」

「まあうちがそんな感じだからそう思うだけだろうけど......桜井さん!? どうしたの顔どころか全身赤いよ!?」

「はぅぅ///」


 そのまま桜井さんはテーブルに突っ伏して意識を失った。


 桜井さん、しっかりして!!

お読みいただきありがとうございました。


こぼれ話


彩芽が行った卒業式での暴露で一番ダメージを受けたのは通っていた中学校です。特にこの後に絡まないネタなのでここに書きます。

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[一言] 短編全部読みました!
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