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第五十四話 彩芽くん、自覚する

 二人を駅まで送り、夏休みに遊ぶ約束を交わした翌日、僕は木彫りをしていた。いつもと違い素材はバルサ材という、非常に軽くて柔らかい木材を使っている。


 理由は単純にじっくり一つのものを作りたい気分じゃなかったからだ。


 すでに一つは作り上げているが完成品はうさぎ、それもどこからどう見てもアヤメだった。使った素材の寸法の関係でサイズは小さくなっているが間違いない。


(どうしてまた、僕はお前を作ったんだろう?)


 何かの未練か、迷いの表れと思い振り切って別のものを作り始めたのだけど、気付いたらまたしてもうさぎを作っていた。


 全体的に丸っこく小さな体つきで、少し怯えたような瞳には優しい想いが込められていて、どこか温かみを感じるコイツはアヤメじゃない。もしもコイツに名前を付けるならと考えたが、一つしか浮かばなかった。


「カエデ......」

「はぅぅ!」

「えっ、かえちゃん!? どうして僕の部屋に!?」


 かえちゃんの驚いた声に動揺して、危うく椅子から転げ落ちそうになった。


「すみませんすみません! ご飯が出来たのでお呼びしたんですけど返事が無くて、勝手に入ってきちゃいました!」

「ああごめん! うわいつの間にこんな時間に! すぐ片付けて行くから待ってて!」


 急いで道具一式をしまい込み、二人で会話しながら木くずの掃除をする。


「あやくんが朝から木彫りしてるの、初めて見ました」

「僕もするつもり無かったんだけど、気付いたらやってた。ごめんね気付かなくて」

「いえ......あの、いつもと違う木を使ってましたよね?」

「ああうん。ヒノキだと一日でいくつも作れないから。たまに沢山作りたいときがあるときに使ってるんだ」

「あの、ご飯が終わったら見せていただいてもいいですか?」

「もちろんいいよ。別に今からでもいいし」


 片付けが終わり、かえちゃんにミニアヤメとカエデを見せたところ、ものすごく喜んでくれた。


「ちっちゃなアヤメくんです! こっちの子も可愛いです!」

「好評でよかったよ」

「何だか小さな子がアヤメくんの彼女さんみたいで、とってもお似合いです♪」


 かえちゃんの発言に他意はなかったのだろうけど、小さい方をカエデと命名した以上、僕とかえちゃんを重ね合わせてしまうわけで、つまり僕とかえちゃんは――!


「あやくん! お顔が真っ赤です!?」

「ごめん、今は見ないで......」


 かえちゃんの顔を見ると、苦しくなるほどに鼓動が激しくなる。これまでも何度かはあったけれど、ここまでではなかった。


(僕の体、一体どうしたんだろう?)


 自分ではどうしようもないほどに胸が高鳴り、僕はそれを表に出さないようにしていた。


「あの、この子は何って名前ですか?」

「カエデ。それしか思い付かなかった」


 だから、かえちゃんの問いかけにたいして、悩むことなく即答してしまった。


「カエデちゃんですか? いいお名前で......あれっ、すごく聞き覚えのある名前......はぅぅ!」


 ボンッという爆発音と共に、湯気を出し真っ赤になりながら僕の方へと倒れ込んできたかえちゃん。半分以上機能停止していた僕はそれを受け止めることが出来ず、一緒に倒れ込むことになってしまった。かばいながら受け身はとったので怪我はしていなかったが、かえちゃんの可愛い顔がすぐ傍に来たために、限界を迎え僕の意識は途絶えた。


(あれっ、僕は気絶したはず......それにここは?)


 意識が回復した僕は、天井も空もない、ただただ真っ白い空間にいた。ここは間違いなく夢の中だろう。多分明晰夢と呼ばれるタイプのものだ。


(そうなると、何もしなくても僕はもうすぐ起きるだろう。でも、あからさまにいるあれを無視するのもちょっと)


 僕の目の前には、今までいなかった人――子供が立っていた。それも子供の頃の僕だ。その僕は、今の僕に話しかけてきた。


『ねえ僕、なんでかえちゃんに告白しないの?』

「僕が忘れてた約束を健気に守り続けた女の子に、半端な気持ちで報いるのは失礼だから。それに僕、恋ってよくわからないから」

『確かにかえちゃんの気持ちにちゃんと向き合わないといけないのはわかるよ。でもさ、そう言うってことは気持ちを受け入れてはいるんだよね?』

「うん。だからあとは僕自身の問題なんだよ」


 恋という感情、好きという想いを理解して、かえちゃんへお返しして初めて、約束は果たされる。


『僕のことながら面倒な性分だよね。じゃあ一つだけ教えてあげるよ。僕の初恋は、終わらずにずっと続いているんだよ。それが恋と気付かないままにね』

「えっ、それってどういう――」

『ごめんね。時間切れだよ。最後にアドバイスしとくね。想いが足りないって考えてるなら、状況も利用しなよ。明日――』


 最後まで言いきること無く、昔の僕は消え去った。


(初恋は終わってない。それに明日、か)


 崩れゆく白い空間の中で、僕は昔の僕が残した言葉を反芻していた。


 目覚めた僕は、かえちゃんをかばうように抱いたまま横になっていた。背中と左手が少しジンジンと痛むくらいで、軽く動かしてみたが違和感もなかった。


(この感じだとかえちゃんにも怪我は無さそうだし、ひとまずはよかった)


 胸の中のかえちゃんへと視線を移すと、先程までと同じ胸の高鳴りを感じた。


(そっか、これが......なんだ、僕ははじめからかえちゃんのこと)


 リンの質問と、昔の僕からのアドバイスで、僕は答えにたどり着いた。生まれて初めてかえちゃんと出会ってから、今の今まで僕はずっとかえちゃんだけに恋していたのだ。


(まったく、灯台下暗しとはよくいったものだよ。あるいは青い鳥かな?)


 ともかく、僕はかえちゃんのことが好きだ。あとは目覚めたかえちゃんに伝えればいいのだけど、いざ伝えようと思っただけで頭の中が真っ白になってしまう。


(寝ているかえちゃんにも言えないなんて、本当に僕はヘタレだ)


 自嘲しながら、かえちゃんを起こさないように一度離し、お姫様抱っこして部屋に送り届けたのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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