第四十五話 彩芽くん、たぐり寄せる
一応山場というか、何というかです。
四月三十日、僕とかえちゃんは教室で心節くん達と話していた。祝日を含めて三日間も休んでいたため、こうして教室で過ごすのも久しぶりだ。
「今日で四月も終わりね」
「そういやそうだな。五月と言えばなんだが、五月雨って何で五月の雨なんだ?」
「その辺は旧暦の五月、今の六月に断続的に雨が降ることからそう名付けられたんだ。ちなみに五月晴れも旧暦が関係してるよ」
「今は梅雨が七月下旬まで続くから、それもなんかちょっとって思うけど。そうそう、ジューンブライドも日本では梅雨時期を盛り上げるイベント扱いだけど、ヨーロッパでは六月は縁起のいい時期だから元々結婚が多いのよ。あと、そう呼ぶのは結婚の神様が由来らしいわ」
心節くんが口にした疑問に僕が答え芹さんが追加で解説すると、何故か呆れられた。
「お前らそういう知識がサラッと出るよな」
「そう言われても、ねえ?」
「まあ間違ってるかもだから、あとで調べてね」
記憶違いということもあるので。それにしてもジューンブライドね。
「結婚式か。昔知り合いの結婚式に参列したことあったけど」
「オレはねーけど」
「アタシも無いわね」
「その、わたしも」
意外といないものだね。昔の僕ならここで沈黙して会話が途切れていたけど、少しは成長しているんだ。関連するネタを出し会話を繋げる。
「じゃあベールの話とか知らない?」
「聞きかじった程度なら。母親が花嫁の顔をベールで覆って、花婿があげるのよね?」
「そうだよ。それぞれベールダウンとベールアップっていうらしいよ」
「なあ、それって母親だけなのか?」
「いえ、ベールダウンは基本的にはお母さんですが、家族や親しい相手がしてもいいそうですよ。ベールアップはお婿さんで間違いないですけど」
「楓、詳しいのね。てっきり彩芽君が答えると思ったけど」
淀みなく答えたかえちゃんの説明で、僕の心の奥で音がした。
「ベール......親しい相手......花婿」
「おーい、彩芽?」
何かが引っかかる。この感覚、何度か体験してる。恐らく、かえちゃんとの過去のことが関係しているのだろう。
「どうしたのかしら?」
「さあ?」
「あやくん? どうされました?」
鈴を転がすようなかえちゃんの声で、僕の意識は現実に引き戻された。
「ごめん、ちょっと考え事してた。何の話だっけ?」
「ベールから、いつの間にかお前の女装姿が綺麗って話になった。ところで、三代や南条には見せたのにオレには見せねーのか?」
「いつの間にそんな話に!?」
急な話題転換に驚いた僕は視線を巡らせ、そっぽを向いて下手な口笛を吹いている三代さんと南条さんを見つける。
「犯人はあなたたちですね!?」
「あーあ、バレちゃった」
「百合、逃げるわ」
「ちょっ、待ちなさい!」
いつぞやと同じように追いかけっこが始まるが、空き教室に二人が逃げ込んだためすぐに終わった。
「まったくもう! それで二人とも、一体何の用ですか?」
「あっ、わかっちゃった?」
「こんなにあからさまならわかります。僕だけ呼ぶなら、もうちょっとやり方がありますよね?」
「ごめんねー、面白いからつい」
「まあ大した用でも無いんだけど、彩姫って楓たんに化粧を教えたいって言ってたよね?」
確かに言った覚えはある。あの時は何故か女装する流れになったけど、当初の目的はそうだったはず。
「それで、楓たんに教えたのかな?」
「いえ、前髪の件が片付かないと出来ませんから」
「それはそうだけど、そんなんじゃすぐに忘れるわ」
「牡丹の言うとおりだよ。だから彩姫は定期的に女装する必要があるんだよ!」
南条さんの言うことには一理あるのだけど三代さん、それただ僕の女装が見たいだけですよね? まあ化粧するついでですからいいですけど。
「やった。化粧品貸しとくね。ゴールデンウィークが終わったら返してね」
「私からはウィッグよ。ゴールデンウィーク中一回は女装して自撮りすること」
「せっかくだし国重君とのデートで女装したら?」
「いいですねそれ」
三代さんの発言を僕は面白そうと思い、ついつい同意してしまった。その結果、女装デートが決定事項になりかえちゃんはもちろん、心節くんにも芹さんにも伝わり、とても微妙な顔をされたのだった。
とはいえこの時点ではそのことはまだ知らず、二人との雑談は続く。
「この化粧品、借りて大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって。これ友達に使って貰って感想聞くためのやつだし。彩姫とはいえ男の子が使った化粧品使ったなんて言えば彼氏が怒るから」
「あの二人揃ってやきもち焼きだから確実ね。私達の方が好きになったのにね」
「そういえばお二人の彼氏って兄弟でしたっけ?」
確か三代さんが大学生のお兄さんと、南条さんは中学生の弟さんと付き合っているらしい。それもわけでもなく偶然で。
「そうだよ。だからこのまま続けばあたし達姉妹になるんだよ」
「百合が姉なのは納得いかない」
「えっー、誕生日だってあたしの方が十一日も早いのに」
「そんなの誤差じゃない。まあでも別れるつもりもないから結婚後も百合との腐れ縁は続くけど」
「あっ、牡丹ってばひどーい!」
二人の言い合う様を見ながら、またしても結婚という言葉が頭に強く残ったのだった。
その夜、布団に入った僕は夢を見ていた。その夢はかえちゃんとの別れの日、泣きじゃくるかえちゃんを慰めるため、僕が約束したときのものだ。
再会したら結婚しよう。将来の僕が約束を覚えてたり、思い出したらこうやって前髪を上げて、おでこにキスしてあげるから――。
そう言いながら、昔の僕はかえちゃんのおでこにキスをしたのだった。それはまるで、花嫁のベールをあげる花婿のようだった。
唇を離すと、かえちゃんは泣き止んで真っ赤になりながら、小さくはい、とだけ答えた。
そのかえちゃんの姿が光に包まれ、急浮上する感覚を覚え飛び起きるように目覚めた。
「――はっ!? 今のは夢!?」
普段は夢の内容など忘れてしまうのだけど、今見たものは鮮明に覚えている。むしろ何故今まで忘れていたのだと思うほどに深く、僕の心に刻み込まれてしまっていた。
あの時の約束、そして今のかえちゃんの前髪を思い出し、僕はその意味に気付く。
(待って、今もかえちゃんは前髪を伸ばしてるってことは、結婚の約束を覚えてるってことで、つまりそれは僕と結婚したいってことで、でもそれは物を知らない子供の頃にした純粋な約束なわけで!)
頭の中が大混乱していた。離れ離れになっても僕のことを想いつづけ、必要とし続けた人がいる事実に泣きそうになったけど我慢だ。
それも重要だが何よりも優先すべきは、子供の頃とはいっても結婚の約束を覚えていて守り続けてくれたかえちゃんに、僕はどういう答えを返せばいいかだ。
時刻は朝の三時半、薄暗い部屋で僕は眠れずに悶々と過ごすのだった。
お読みいただきありがとうございます。
約束を思い出して即告白の流れも捨てがたかったんですが、彩芽に恋心を自覚させてからの方がいいと思いまして。




