第四十二話 彩芽くん、看病する
一通りの連絡を終えた僕は、濡れタオルを手に取りかえちゃんの身体の汗を拭う。前髪の下の素顔もしっかり綺麗にしておいた。
前髪を上げたとき一瞬だけ過去の光景が見えた気がするけど、今はそれどころじゃないので気にしない。
汗を拭いていくと、どうしても拭けない場所が出て来る。
かえちゃんの場合、うさみみ付きのパーカーに、すごく長いルーズソックスを寝るときも着用しているので、他の人より拭けない部分が多い。
(かえちゃんごめんね)
心の中で謝り、うさみみパーカーのフードを取って長い黒髪を拭いていく。
あとは靴下も脱がして素足を拭くだけだったけど、脱がしたら両足を抱える、体育座りみたいな寝姿になった。もしかして足が寒いのだろうか?
(あとで起きたときに聞こう)
体を拭き終わるとかえちゃんが目を覚ました。
「こほっ、あれっ......あやくん?」
「うん。あやくんだよ。かえちゃん。体調はどうかな?」
「えっと、体が熱いのと咳が辛いです」
聞いた症状に合わせた薬を用意する。
「今日の朝ごはんはゼリー飲料だよ。文句はあるかもしれないけど我慢して。空腹で薬は飲ませられないからね」
「こほっ、文句はないですけどあやくん、学校は?」
「休み貰った。ほら僕って自分で言うのもなんだけど優等生だから休んでも問題ないんだ」
おどけて言ってみたけど実際に「かえちゃんが熱出して寝込んでいるから、看病のため休ませて欲しい」と海崎先生に伝えたところ『休んでいいがお前も風邪引くなよ』と言われた。
芹さんからはお粥のレシピが送られてきて、心節くんからは放課後二人で見舞いに行くというメールが来た。二人とも、本当に助かるよ。
「すみません」
「謝らなくていいよ。僕が風邪引いたときに看病してくれたらいいから」
「もちろんです! けほっ!」
「大声出さないの。ほら、薬飲んだなら寝ちゃって。その間に洗濯と掃除終わらせるから」
わざとドアを半開きにしたまま部屋を出る。何かあったときにわかるようにするためだ。
早速洗濯に取りかかる。下着の洗濯は躊躇われるけれど、今回は非常事態のため仕方ない。
先程脱がせた靴下も一緒に洗濯機に入れ洗濯しておく。
今日の掃除は一階を中心に行う。シンクの水垢をこすり落とし、排水溝のぬめりを取る。
パイプの洗浄は先週したので今回は大丈夫だろう。
下の収納スペースで大きめのGを一匹見つけたので洗剤で窒息させておき、その中に入っていた調理器具を消毒する。
(ネットで見た駆除法だけど、これいいね。潰すより処理が楽だから)
なお、同じ方法をかえちゃんがしたら周囲が洗剤まみれになったので、僕がするしかないけど。
ゴミを捨てたあと洗濯物を無心で干し、ある程度掃除を終わらせ部屋に戻ると、起きていたかえちゃんに迎えられた。
寝てないと駄目だよ?
「さっきまで寝ていまして、起きてすぐですよ?」
「それでも寝てなさい。それともお腹空いた?」
「その、少し」
食欲があるなら、ちょうどお粥のレシピがあるわけだし作ってみようかな?
「お粥作るから、お昼はそれ食べてくれるかな?」
「えっと、わかりました」
僕単独での料理はこれが初だ。相手は病人なので失敗すると洒落にならないので、念入りにレシピを確認する。
「えっと、二人分のお粥の作り方。まずは材料の用意から。米二分の一合、水600ml、あと塩がふたつまみ」
材料を用意したら米を研ぐ。やり方は教えられたので問題ない。
しっかりと米を研いだら水気を切って鍋に移して、水を注いで火にかける。
「火加減は中火でって書いてるけど、確かこのくらいかな?」
鍋底に火の先が当たるくらいに調整する。
あとは表面が煮立つまで放置。表面が煮立ったらしゃもじで混ぜて火が通ったら弱火にする。
「上手く出来てたらいいけど」
そのまま三十分ほど煮た後、最後に塩を入れたら完成だ。見た目は悪く無さそうだけど、味はどうかな?
「うん。不味くないというか普通に美味しいかも。よかった、ちゃんと出来た」
これなら病床のかえちゃんに食べさせても大丈夫だろう。
そう思い土鍋を持って部屋を訪れると、かえちゃんが布団の中で横になっていた。
「かえちゃん、起きてる?」
「......はい。寝ようと思いましたけど、中々寝付けなくて」
「お粥出来たから、これ食べたら寝られるかな?」
コクンとかえちゃんが頷いたので、冷ました上で与えることにした。
「はぅぅ! 自分で食べられます~」
「いいから。ほら、あーん」
「あ、あ~ん」
口を開け、お粥を食べるかえちゃん。こういうときに不謹慎だけど、可愛いと思った。
そんな邪な感情を抱く僕に気付かず、お粥の感想を述べていた。
「美味しいです。あやくん」
「かえちゃんが料理の度にいろいろ教えてくれたからだよ」
「それなら、教えたかいがありました」
その後、食後に薬を飲み、ぐっすりと眠ったかえちゃん。
さてと、もうひと頑張りしようか。
洗濯物を取り込み片付けていると、携帯にメールが届いた。
心節くんからだ。
放課後になったら芹さんと見舞いに来るそうで、今日の授業の内容もそこで教えてくれるみたい。
(本当、二人が友達想いでよかったよ)
お礼と、かえちゃんの状態を書いて返信する。
二人を迎えるため、放課後まで張り切って掃除した。
そして心節くんと芹さんが揃って訪れる。
心節くんの手には缶詰が入った袋が提げられていた。
「おっす」
「こんにちわ。彩芽君、楓は?」
「三十分くらい前に目が覚めてまた寝たよ。そうそう、お粥のレシピ役に立ったよ。本当にありがとう」
あれが無かったらかえちゃんの昼ご飯がどうなっていたかわからなかったので、改めて芹さんに感謝の意を伝える。
「それならよかった」
「これ差し入れだ。代金はあとで徴収な」
「わかってるよ。心節くんもありがとう」
二人からの差し入れの缶詰を受け取りながら、お茶を出そうとするも遠慮された。
「寝てるならあんまり長居するのも悪いわ。これ、今日のノートのコピーよ」
「話し込むと起こしそうだし、また明日な」
「ありがとう。二人とも来てくれたのにごめんね」
その後二人を見送って、かえちゃんの看病に戻ったのだった。
「クシュン!」
くしゃみが出たけど、きっと気のせいだろうと思った。
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