第四十話 楓ちゃん、お勉強する
楓視点です。薄々気付いている方もいるかもしれませんが、楓も大概ヘタレです。
お昼に芹さんと二人でカルパッチョと豚汁を作り、あやくんと国重さんに好評をいただいて二人で喜び、お片付けが終わった午後。
「はぅぅ」
「あー、面倒くせー」
「口より頭と手を動かしてね」
「勉強は反復練習よ。まずは基本の問題を解きましょう」
わたしたち四人はリビングに敷いてあるこたつで向かい合って勉強をしていました。
始まって数分で、あやくんと芹さんの学習法と指導方針が同じ事がわかり、わたしと国重さんはひたすら問題を解き続けることになりました。
「思ったんだがこれ、一種の拷問じゃね?」
「失礼な。文句があるなら、真面目にしてなかった自分に言いなよ。ほら最初よりも正答率が上がってるんだから、覚えたら心節くんは結構いいところ狙えるんだから」
「楓の方はちゃんと出来てるわね。教える必要あるかしら?」
「その、覚えていないところもありますから」
四人での勉強会だったはずが、結果的にわたしと芹さん、あやくんと国重さんという組み合わせで進んでいました。どうしてでしょう?
(なんだかあやくん、生き生きしてる気がします)
少なくともわたしにお勉強を教えているときには、あのお顔はしません。
(はぅぅ、薄々気付いていましたけど、あやくんはわたしに優しすぎます)
いえ、お勉強の量は優しくないのですけど、普段大切にされすぎていますので、もうちょっと遠慮なく振り回して欲しいです。
(国重さんや芹さん、百合さんに牡丹さんが羨ましいです)
手を止めてじっとあやくんを見つめていると、優しく微笑まれながら「一度休憩しよっか」と言いました。
「やっと休憩かよ」
「二人とも頑張ったね。ところで名護山さん、教える相手代える?」
「いいけど、こういう場合教えるのは同性がいいと思う」
「そうだね。僕もかえちゃん相手だとつい手心が」
あやくんの言葉に目を丸くしました。あの、毎日あれだけの量で手加減しているんですか?
「うん。本来十問出して、一問でも間違えたら追加で十問ってやり方でやってるから」
「いつもの倍です!?」
「いや、そのやり方自体がキツいだろ」
「佐藤君って、楓に教えながら自分の勉強もしてるのよね。負けていられないわね」
どうしてかはわかりませんが、芹さんが対抗心を燃やしていました。
「せっかくだし、佐藤君勝負しない?」
「勝負?」
「ええ。今から三時間後に五教科を五問、合計二十五問のテストをするから、組んだパートナーとの合計点が高い方が勝ちってどうかしら?」
あの、それってわたしと国重さんが責任重大なような。わたし達の心配をよそにどんどん話は決まっていきました。
「いいけど勝ったら何か良いことあるの?」
「一つだけ命令する権利、ただし無茶な命令は無効で」
「乗った。ちょうど名護山さんにお願いしたいことあったし」
「あら、アタシもそうよ。パートナーは佐藤君から決めていいわよ」
この問いかけにあやくんは「心節くんと頑張るよ」と即答しました。はぅぅ、もうちょっと悩んで欲しかったです。
「ちょっ、お前勝手に!」
「あら意外。だったらアタシは楓ね」
「はぅぅ」
気付けばわたしのお部屋で芹さんと二人きりになっていました。早速お勉強を始めると思い小さなテーブルを用意しました。しかし芹さんに教科書を準備せずわたしに話しかけました。
「楓、悪かったわね。相談も無しに決めて」
「いえその、どうして別々のお部屋にしたんですか?」
「二人で勉強するなら邪魔が入らない場所がいいのと、アンタに話があったからよ」
「お話、ですか?」
いつも以上、先程勉強を見ていた時よりも真剣な眼差しでわたしを見つめ、隣のお部屋に聞こえないようにこう訊ねてきました。
「この際ハッキリ聞くけど、アンタって佐藤君のことどう思ってるの?」
「好きです。友達としても幼馴染としても、男の子としても。この前幼馴染に戻って確信しました」
間を置かずにわたしは答えました。多分幼馴染に戻る前でしたら、男の子として好き、とは言えなかったと思います。わたしがしっかりした答えを返すと芹さんは思っていなかったようで、あっけにとられた珍しいお顔になっていました。
「そこまで気持ちが決まってるなんて思わなかったわ。でも、だからこそ疑問なんだけど、なんで告白しないのよ?」
「それはその、関係を壊したくないと言いますか、もしもフラれたら幼馴染どころかお友達にすら戻れなくなりそうで」
「ヘタレと言いたいところだけど、アンタ達の現状を考えれば無理も無いわよね。アタシも気持ちわかるし」
そう返した芹さんの頬は、少し赤くなっていました。はぅぅ、もしかして芹さんもあやくんのこと――!?
「なんか勘違いしてる気がするから言っておくわ。佐藤君じゃないから。というかアンタ達見てて横入りしようとか思わないわよ」
「でしたら、国重さんですか?」
「......そうよ。でもアタシ恋愛経験ほとんど無いから、気になってるけどどうしてなのかわからないのよ」
さらに頬が赤くなる芹さんを見て、可愛いと思うと同時に少しだけホッとしました。こんなに美人で可愛い芹さんが、もしもライバルだったらどうしようもありませんから。
ですが、相談するなら百合さんも牡丹さんの方がいいと思います。どちらも彼氏がいるそうなので、適任なのではないでしょうか?
「あの二人に相談したら大事になるし、それ以前にアタシが恋愛経験無いと言っても信じて貰えないのよ」
「その、芹さんを見てそう思う人の方が少ないと思いますよ。実際よく告白されてますし」
「あのね、よく知らない相手から告白されて、それが恋愛に結びつくわけないでしょう。そもそも、まともな男友達が出来たのも初めてといっていいくらいなんだから」
あやくんもそうですが、美人さんには美人さんにしかわからない悩みがあるみたいです。
「総合的に考えて、楓に話すのがいいって思ったのよ。口が堅いのも知ってるし」
「あの、ありがとうございます。芹さんって、国重さんと一緒にいて楽しいですか?」
「ええ。アンタ達二人のことが心配で話すようになったけど、最近はそれが無くても話したいって思うようになったわ。さすがに二人きりで過ごす度胸は無いけど。だから内心佐藤君が国重君と勉強することになって安心したわ。勉強にならないもの」
「あの、今も出来てないですけど」
「いいのよ。多分佐藤君とアタシは同じことを言うだろうから。この四人の中で名字で呼ぶのはやめようって。まあ、アンタ達にはあんまり関係ないかもしれないけどね」
自信満々に告げる芹さんに、わたしはあやくんの姿を重ねました。ああ、やっぱりこの二人は似ています。でしたらきっと、あやくんの恋愛感も芹さんに近いかもしれません。
「そんなことないですよ。お友達と仲良くなるのはいいことですし」
「だったらいいけど。ともかく、佐藤君のことが好きって明確にわかったからには、しっかり応援するわね」
「はい、お願いします」
「さてと、そろそろ勉強しましょう。勝っても負けてもいいけど、せっかくだから勝ちたいし」
勉強会が終わって、テストの結果が出ましたが、わたしと芹さんは一点差で勝つことが出来ました。
「名護山さん、満点はさすがだね」
「そういう佐藤君も満点じゃない」
「勝ったと思ったんだがな」
「よかったです」
「それで、負けた僕達は何すればいいの?」
芹さんがあやくん達に先程の命令を伝えると、お二人共笑っていました。
「おい、こいつお前と同じこと考えてやがったな」
「多分そうだろうとは思ってたけどね。まあ約束だから、改めてよろしくね、芹さん」
「こっちこそよろしくね、彩芽君に......心節君」
「おいこら芹! なんでオレだけ間があるんだよ!」
「知らないわよ」
国重さんもとい心節さんのツッコミにそっぽを向いて芹さんは答えたのですが、そのお顔が赤かったので、わたしは思わずほっこりしました。
「さて、あとはかえちゃんと心節くんだけだよ?」
「えっと、わかりました......あの、心節さん」
「お、おう。どうした楓?」
「これからもお友達でいてくださいね」
「ああ、わかった。お前は素直でいいな。こいつらとは大ちがイッ!!」
「心節さん! どうされたのですか!?」
普通に話していたはずの心節さんがいきなり頭を抑えだしたので、わたしは慌ててしまいました。
「頭にコガタアカイエカが止まってたからね。叩き潰しておいたよ?」
「ヒトスジシマカもいたわね。病気を媒介してることもあるから、吸われる前に退治しないと」
「お前らな......んな偶然あるか!!」
突如始まった追いかけっこを、わたしはおろおろとしながら眺めていました。一体なにがあったのでしょうか?
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