第三十六話 彩芽くん、化粧する
女装回その二です。
補足ですが、作中で携帯と書いているのは大抵スマホです。
かえちゃんと生活を共にし始めて一ヶ月以上経ち、ようやく気付いたことがある。
それに気付いたのは、先程擬装用の服と下着を買った影響もあるのかもしれない。
(洗顔料とかが見当たらない)
お風呂場へ繋がる脱衣所の、洗面台に普通なら置いてあるだろう化粧品が、一つも見当たらなかったのだ。
唯一それっぽいのが、僕が愛用しているハンドクリームだけというのは、さすがにどうかと思い心配になって確認してみたところ、なんとかえちゃんは化粧をしたことが一度もないらしい。
「もしかして化粧の仕方知らないの?」
「お化粧って、大人になってからするものですよね?」
「......」
まさかの返しに絶句してしまった。いやかえちゃん、子供の頃とかしなかったの?
「その、あまり興味が無かったのと、したとしても前髪で隠れますし」
「ごめんかえちゃん! そういえばそうだよね!」
「いえ、仮に前髪のことが無くてもしなかったと思いますので」
僕の失態をフォローしてくれるのはありがたいけど、女の子としてそれはどうなのだろうか?
「これを僕が言うのもなんだけど、やり方くらい紅葉さんに教えてもらったらどうかな?」
「お母さん、一人でお化粧出来ないらしいので」
紅葉さん、そんな状態で本当に社会生活を送れてるのか心配になってくるんですけど。
「普段はお父さんがメイクしているらしいですけど、聞いても自分でどうしたらいいかわからないですし」
「困ったね。それじゃかえちゃんにメイクの仕方を教えられる人がいない。今度母さんに頼もうかな? このままだとかえちゃんの女子力に関わるからね」
家事万能という女の子最強の武器があるから、それだけでもいいと思うけど、武器は多い方が意中の相手を落とせるだろう。
(あれっ、なんか胸がチクってしたような......気のせいか)
違和感があったものの、すぐにかえちゃんの化粧について考えを巡らせる僕だった。と、ここまでならただの雑談で終わったんだけど、問題はこのあとだ。
翌日名護山さんにかえちゃんの化粧の話をしたところ、何故か僕が化粧させられる羽目になった。
ちなみにかえちゃんは他の女子にほっぺたぷにぷにをされている。あれ、僕の特権だったのに。
「あの、何で僕?」
「楓にお化粧教えるなら、一緒に住んでる佐藤君が適任だからよ。それにそもそも、楓のお化粧に対する忌避感をどうにかするのが先だからよ。もっとも、アタシもそこまで得意じゃないから、助っ人を呼んだわ」
「助っ人?」
「んふふ~、あたし達だよ♪」
「こんな面白そうなこと、私達が見逃すわけ無いわ」
現れたのは三代さんと南条さんのコンビだった。確かに二人とも、校則に引っかからない程度に化粧してるみたいなので、適任かもしれない。
「それじゃ放課後、試してみましょう。ああ、楓はちゃんと足止めしておくから」
「彩姫にお化粧してみたかったんだよね」
「ウィッグも持ってるわ。あと着替える服があったら完璧ね」
「それはちょっと借りるのも悪いし」
別にこのまま男子の制服でもと続けようとして、隣の席に体育も無いのに体操服入れが掛かっていることに気付いた。
「何よ、佐藤君......何で体操服入れなんてあるのよ。楓、ちょっと来て」
「はぅぅ、やっと解放されました......何でしょう?」
「この体操服入れ、中身何よ?」
「あっ、そ、それは......あやくんちょっとお耳を」
「何かな?」
かえちゃんが僕に寄り添い、耳打ちする。
(その、昨日買った擬装用の服です......)
「......!」
かなり衝撃的な告白だったが、なんとか耐え声に出さなかった。
(実はその、あやくんに似合うだろうと手にとって妄想しているうちに時間が来て、思わず体操服入れに入れて持って来ちゃったんです)
「あ、あはは......それは大変だね。ちなみに全部かな?」
(ブラウスとデニムパンツだけです。下着は厳重にしまいましたから)
かえちゃんの報告に胸を撫で下ろす。下着まで入っていたらどうしようと思ったが、これならまだ何とかなる。
「ねえ、結局これ何なのよ?」
「僕とかえちゃんの服だよ。ネットで買って現物が来たら女物で、しかも僕にピッタリだったから、どうしようか困ってとりあえず体操服入れに入れてたら、慌ててたかえちゃんが間違って持って来たんだ」
咄嗟に言い訳を考え、答えた僕。無理はあったけど、買った目的さえ広まらなければ問題ない。ただ、この言い訳に食いつく人が二名いるわけだけど。
「えっ、彩姫にピッタリの服!?」
「女物なら完璧ね。放課後それに着替えたら化粧するから」
「わかりましたよ!」
ああもう、毒を食らわば皿までだ!
そして放課後。ドアも窓も閉めた教室に一人残される。
制服を脱ぎ、体操服入れに入っていたブラウスとハーフデニムパンツを着用する。
中にまだ何か残っていたので確認すると、かえちゃんが朝慌てて入れたことがわかるあるものが入っていた。
ひとまずそれは置いておくとして、三代さんが置いていった手鏡で自身の姿を確認する。
(うわぁ、想像以上に女の子だよこれ)
自分自身に軽く引きながら、外にいる三代さんと南条さんを呼ぶ。入ってきた二人の顔は、驚愕に彩られていた。
「彩姫が、彩姫してる」
「服だけでこれは反則ね。彩姫、これ着けて」
南条さんにウィッグを渡されたので被ってみる。どんな感じだろう?
「ゆるふわ彩姫だ。なんか優しそう」
「そういえば入学式に似てる人がいたわ」
「あー、校門で待ってた綺麗な人だよね。すっごく可愛い子も隣にいたよね!」
「ああ、もしかしてこの人ですか?」
母さんの写真を二人に見せたが、どうやら当たりだったらしい。
「うそ、彩姫のお母さんなの!?」
「じゃあもう一人は?」
「かえちゃんのお母さん。あの日だけ帰ってきたんだ」
「ということは、楓たんもあのくらい可愛いんだね♪」
「素顔見られるの、楽しみね」
いろいろ脱線したものの、化粧そのものはすぐに終わった。これくらいならかえちゃんに教えることも、自分だけですることも難しくないだろう。
「最低限でもここまで変わるのは彩姫だからだと思うわ」
「本当、これだけ綺麗だと嫉妬もする気にならないよ。みんな、入っていいよ」
三代さんの呼びかけで入ってきたかえちゃん達だけど、二人人とも固まっていた。先に復帰したのは名護山さんで、苦笑いしていた。
「これ、外に出したら駄目な奴よね。魔性の女って奴よね?」
今の僕より素で綺麗なあなたがそれを言いますか。
一方、一番見せたかった相手であるかえちゃんは、頬を赤らめたまま僕をじっと見つめ続けていた。
「はぅぅ、あやくん神々しいです......お化粧、すごいです」
僕に見とれているようだった。
「ね、化粧ですごく変わるからさ、今度かえちゃんもやってみようよ」
「はい///」
「よかったわね。ところで、すぐに化粧落とすの?」
「そのつもりだけど、何その微妙な顔は?」
「いえね、もったいないと思う気持ちと、他の誰かに見られたら面倒事になるから元に戻さないとって気持ちがせめぎ合ってて」
「わかる。まだ本気の彩姫は私達だけの秘密にしたいわ」
「起こりそうな事も、個人的には面白そうだけどね。そういうわけだから、あたしが化粧落とすね」
三代さんを除いた三人が教室から出てから、僕は顔を拭かれた。
「彩姫って本当に面白いよね。ほら、落としたからね」
「ありがとうございます。ウィッグ返しますね」
「いいって。ところであの体操服入れから何か落ちそうだよ? あ、落ちたから拾うね」
三代さんが中身を拾うと、何故か硬直していた。
「ねえ、この中身って、ルーズソックスだよね?」
「その靴下ってそういう名前だったんですね。ところで何かあるんですか?」
「うん。ずっと昔に不良が履いていたらしいよ。楓たんが不良だとは全然思わないけど、楓たんが履くのは不自然だったから」
丁寧に畳んで袋に戻している三代さんを横目に、僕は不良ファッションを意図的に伝えなかったかえちゃんへのお仕置きを考えていた。
お読みいただきありがとうございます。




