第一話 彩芽君、楓ちゃんと出会う
本編開始です。
お付き合いいただけたらありがたいです。
僕は佐藤彩芽。名前も見た目も女の子っぽいけど歴とした男子だ。
この春から高校生になるんだけど、入学する高校は地元から遠く離れた場所にある。
個人的な事情で地元の高校に通いたくなかった僕は、両親に頭を下げいくつか条件付きではあるが遠方への進学許可を勝ち取った。
その条件は二つ。
一つ目は長期休暇の際は帰省すること、二つ目は両親の友人の家で世話になることだった。
それを初めて聞いたとき、僕は親に当然の疑問をぶつけた。
「一人暮らしは駄目なのかな?」
「彩芽、あなた料理ダメダメでしょう? 煮物は生煮えだわ、焼き物は焦がすわ......他にも前科あるけど、聞きたい?」
「うっ!」
母親、佐藤撫子の厳しい指摘に反論できない僕。
だって強火とか中火とか分かりにくいし、小さじとか少々とかになると最早意味不明だから。
さらに父親、佐藤樹が僕に苦言を呈する。
「料理だけでなく掃除や洗濯など、意外と一人暮らしは大変だぞ? 少なくとも学生の間は家事に時間を割くべきでは無いだろう」
「ううっ!!」
どちらの意見ももっともだったので素直に従った。
ただ、その家の人、迷惑じゃないかな?
「お前は気にするな。俺から一咲達には伝えておくからな」
「あとは受験勉強よ。全ては受かってからなんだから、気を抜いたらだめよ?」
「わかってるって」
ここで失敗は出来ない。
もし同じ中学校出身者がいたら、また同じことを繰り返すことになる。
それは避けたかった。
ただ受けるのは遠くの学校だったから、どのくらいの点数で受かるかわからなかったため、全力で頑張った。
そして合格通知が届いた時、僕は安堵し両親はとても喜んでくれた。
「よく頑張ったな。新天地でも頑張れよ」
「あっちでも、しっかりやるのよ」
「父さん、母さん、ありがとう......行ってくるね」
両親に見送られながら電車に揺られ、駅の改札を抜け現在地は駅前の広場だ。
これからお世話になる桜井家へと向かうため、家までの地図を確認する。
歩いて行けそうな距離なので歩こう。
そう考えた僕が馬鹿だった。
「ねえカノジョ、道わからないなら案内しちゃおうか? いっそのことデートしちゃわね?」
「すみません。用事があるのでお気遣いなく」
数分おきに男からナンパされ、その度に断っていたので余計な時間がかかってしまった。
タクシーでも呼べばよかったかも。
そもそも僕、男なのにナンパされるって......まあ僕がどう見ても女の子なのが原因だから仕方ない。
この見た目も一時期はコンプレックスだったけど今はもう受け入れている。
その後無事に桜井家まで辿り着いた。
比較的新しそうな二階建ての一軒家で、敷地は割と広く洗濯物を干す庭と、奥に物置小屋が設置されている。
「ここがお世話になる桜井さんの家か......」
呼び鈴を鳴らし、住人が現れるのを待っているとドアが開き、女の子が顔を出す。
身長は小柄な僕よりかなり低く、うさ耳の付いたパーカーにミニスカート、ダボダボの靴下というファッションなので、多分小学校高学年くらいの年齢だろう。
ベールかカーテンのような長い前髪で目元が隠され顔立ちが分かりにくいが、露出している鼻や口だけでも整っているため、将来美人になりそうな気配がする。
その将来有望そうな少女は、僕の顔を見て何故かものすごくあたふたしていた。
「はぅぅ、あの、何かごようでしゅか?」
「今日からお世話になる佐藤です。お父さんかお母さんから聞いてないかな?」
あまり困らせるつもりもないので用件を伝える。
かなり優しく、微笑みを浮かべながら語りかけた。
すると女の子の前髪から微かに覗く漆黒の瞳が、驚愕の色に染まっていく。
「はぅぅぅぅ!」
女の子は奇声を上げながら家の中へと退散していった。
残されたのは閉ざされたドアと僕。
「あの、これどうしたら?」
そして一分後、少女が改めて出迎えてくれたが、顔を赤くしながら、ひたすら僕に頭を下げ続けている。
「すみません! いきなりだったもので驚いてしまい......」
「ううん。別にそれはいいけど、僕のことは聞いてるかな?」
「はい......佐藤彩芽さんですよね。いらっしゃいませ。どうぞ」
ドアを開け、少女が僕を家の中へ招き入れ、応接間代わりのダイニングへと通されお茶を出された。
年の割に礼儀正しくしっかりしているのは高評価だ。
「家の人が帰るまで、外で待ってたのに」
「春先でもまだお外は冷えますから。あやく......佐藤さんに風邪を引かせたくありませんし」
「ありがとう。優しいんだね」
「はぅぅ///」
笑みを向けると、明らかに恥じらう少女。
変な意味じゃなく、純粋に可愛いと感じた。
あっ、そういえばこの子の名前まだ聞いてなかったね。
「ねえ、お嬢さんは名前なんていうのかな?」
「桜井、楓です......」
桜井楓、いい名前だと思った。
でもあれっ、確か桜井さん家って僕と同い年の娘がいたよね?
名前は確か桜井楓......ということは目の前のこの子は、僕と同い年!?
うわっ、僕は何て失礼を!?
同い年の子を小さな子供扱い、それも家主の娘ともなると追い出されても文句は言えない。
「申し訳ありません、子供扱いしてしまい」
「はぅ?」
同い年の女子に子供に話しかけるような口調で接するのは、あまりにもあり得ないので敬語で会話する。
「ご両親は不在だったりしますか?」
「その、すぐに戻ってきます......けど、出来ればさっきまでの口調がいいです」
「さっきまでって、桜井さんを小学校高学年くらいの子供と思って話しかけたあれで?」
「はぅ、小学生......でも、あちらの口調の方が優しさを感じますから、そちらの方でお願いします」
桜井さんは子供扱いにショックを受けていたが、それでも敬語を選ばなかった。
人のことは言えないとは思うけど、変わった子だよね。
「重ね重ねごめんね。見た目で誤解されるのは僕も同じだから、そうしないように気をつけてるつもりだったけど、全然至らなかったね」
「いえ、慣れてますから......」
ああ、この子は天使みたいだ。
僕の過ちを許してくれた、その清らかさが眩しくて――。
「優しいね。それにすごくいい子だ」
気付けば僕は彼女へと手を伸ばし、頭を撫でていた。
「はぅぅ!」
「しばらく、このまま撫でていいかな?」
「あっ、うっ、はぅぅ///」
彼女の髪を一撫でするごとに、僕の心の中にある傷が少しずつ癒えていくような、優しい気持ちが心の奥からわき上がってきて、自然に慈しむような撫で方に変わっていった。
「はぅぅぅぅ!」
それと比例して、桜井さんの顔がより赤く染まっていき、僕が満足して撫で終わる頃には、桜井さんは頭から湯気を出し、立ったまま気絶していた。
「わぁぁぁっ、桜井さんしっかり!」
「あうあうあう~」
とりあえず立たせたままだと危ないので、倒れる前に抱き抱え椅子に座らせた。
彼女の身体は全体的に細く小さかったけど、女の子らしいとてもいい香りがした。
お読みいただきありがとうございました。
こぼれ話
主人公の父親と母親ですが拙作、とある雨の日及びとある夏の雨の日に登場した二人になります。