第三十四話 楓ちゃん、スポーツテストに挑む
楓視点です。幼馴染編では楓からの視点が増えてきます。
これはスポーツテストが合った日のことです。うちの学校は四月後半にスポーツテストを行います。理由は、新しい生活に慣れてきた辺りの方がいい結果が出るだろうというものだそうです。
ただ、わたしにはそれほど関係がありません。
「はぅぅ」
「かえちゃん、憂鬱そうだね?」
「はい......」
何故ならわたしは非常に体力が無い上に運動神経が鈍く、体育はとてもとても苦手だからです。
授業中に倒れたこともありますので見学を勧められるのですが、少しでも体力を付けたいので頑張っています。
ただその苦手なのは苦手なので、気は進みませんけど。
「僕もそこまで運動得意じゃ無いから。特に筋力は一般的な女子よりちょっとまし程度だから、男子と混じるとどうもね」
「あれっ、あやくんってわたしをお姫様抱っこしていたような?」
「あれは抱え方にコツがあるんだよ。それにかえちゃん軽いし」
「はぅぅ」
こういうことを照れも無く言えるあやくんだから、姫って愛称が付くのだと思います。本人には言えませんけど。
もう少し男の子寄りの見た目なら、王子様って呼ばれて女の子から告白されたりするのでしょう。
そう考えると気分が落ち込んできます。
「かえちゃん大丈夫? やっぱり休んだ方がいいんじゃないかな?」
「いえ、大丈夫です。ただ落ち込んでいただけですから」
「それならいいけど」
あやくんは最近、前髪越しでもわたしの顔色がわかるようになったみたいです。これではあやくんに隠し事、出来なくなりますね。
いつものように登校して席に着きますが、スポーツテストなのですぐにお着替えです。女子はお隣の教室に移動します。
「はぅぅ!」
「何この子、ちっちゃくて可愛い!」
「お姉さん達が着替え手伝ってあげるからね」
「大丈夫。前髪のことは聞いてるから、無理に上げたりしないよ」
教室に入ると、わたしは隣のクラスの女子達に着せ替えさせられました。すごく困りましたけど、好意的に思われているのでそのまま受け入れました。それに、前髪を伸ばしている事情がちゃんと伝わっていて安心しました。
「楓、よかったの?」
「はい。理由を本当に隠したい相手は一人だけですし」
「男子にはただの個人の事情、女子には大好きな幼馴染との約束って伝えることで、追及を避けるってアイデアはいいと思うわ。特に女子ってこういうの好きだから」
「クラスメートの皆さんには感謝ですね」
芹さんと相談したあと、その話をクラスメートの女子に持っていったところ、大変盛り上がりました。
「何それ、楓たんすごくいい子じゃん」
「というかその幼馴染ってやっぱり彩姫だよね?」
「楓たんの前髪には手出しさせないから、噂話流すのは任せて」
などなど、三代さんを筆頭に皆さん非常に協力的でした。
女子の間で伝わっている話は、幼馴染のあやくんがわたしと別れる際に結婚の約束をして、再会したときに伸ばした前髪を上げることでずっと離れない誓いを交わした、というものです。
もちろん全部事実で、離れても前髪を伸ばし続けました。ご飯が食べられなかったりするので、さすがに目元より下は切ってますけど。
ただこのお話には幼馴染が約束してから再会するまでに事故に遭い、記憶を失ったという嘘が混じっています。いじめで心が傷付いて記憶を失った事実は言えませんので。
「さて、話はこのくらいにしてさっさと行くわよ」
「はぅ、わかりました。芹さん」
芹さんについて行き、まずはグラウンドでの測定です。
「50メートル走、お約束よね。楓、先に行ってきなさい」
「わかりました......」
四人で同時に測るのですが、わたしだけ極端に遅かったです。一方芹さんは走るフォームも綺麗で、とても速かったです。
「こんなものね。楓はその、ちょっとずつ体力つけなさい」
「はぅぅ......わかり......ました」
息切れするわたしを芹さんは気遣ってくれました。
その後屋外での測定ですが、シャトルランは続かず、ボール投げは最低記録、走り幅跳びは砂場まで届かず、走り高跳びは高さが足りずバーごと倒れました。
「楓!? しっかりしなさいよ!?」
「はぅぅ......」
奇跡的に怪我は無く、屋内の測定をすることになり、こちらでは三代さんと組むことになりました。
「はぅぅ、お願いします」
「よろしくね楓たん。あっちでは大変だったみたいだけど、こっちは怪我の心配は無いと思うから」
そうならいいのですけど。まずは上体そらしからでした。
「はぅぅ、限界です」
「肌はこんなにぷにぷにしてるのに体は固いんだね~」
三代さんが腕や足、お腹の辺りをつつきます。はぅぅ。
「きゃっ、三代さん!?」
「すべすべだね。肌年齢も小学生なんじゃないかな? 反則だよねこんなの」
「はぅぅ、三代さんもお綺麗です」
「その三代さんって他人行儀だから、百合って呼んでよ」
「えっと、百合さん?」
「うん。次行こうよ」
柔軟系の測定はその、似たような結果でした。もっとひどいのは筋力で、二桁を超えることが無く、握力はほとんど測定不能でした。
「結果5kg未満って、逆に凄いね。よく生活できてるね」
「はぅぅ」
反復横跳びはどうにか転ばずに済みました。回数は少なかったですが。
「適当にサボってる子の方がいい結果出るって、どういうことだろうね。楓たんは真剣にしてるのが見ててわかるのに」
「何と言いますか、いたたまれないです」
後半、皆さんの視線が暖かかったのが逆に辛かったです。そしてまたグラウンドに出ます。そこでは最後の測定が待っていました。
同じ組になったのは南条さんでした。
「1500メートルだけど、楓たんはなんとか完走を目指して」
「はぅぅ、頑張ってみます。南条さん」
休憩を挟みながらですが、体力の減った状態でこれは試練でした。最初にしていても同じだったと思いますけど。
「百合から聞いたけど、私も名前で呼んで欲しいわ」
「はぅぅ、牡丹さん?」
「それでいいわ。危なそうならリタイアしていいから」
「牡丹さん、ありがとうございます。あの、ペースはあわせなくていいですよ?」
「わかったわ」
そして走り始め、十分の一が終わったところで息が切れ始めました。すでに周回遅れになっているわたしに、牡丹さんが声をかけてくださいました。
「はぁ......はぅぅ」
「本当に大丈夫?」
「だいじょうぶ、です」
「そう。無理しないで」
半分が過ぎた辺りで体が重くなり、ふらつき始めましたが、どうにか頑張って最後の周回。途切れそうになる意識をかき集めて、わたしは走りきりましたが視界が暗転しました。
そして、わたしが目覚めたのは保健室でした。目が覚めると心配そうに見つめるあやくんと芹さんの姿がありました。
窓の外には国重さんや百合さん、牡丹さんの姿もありました。
「無理しすぎよ。念のため、ここまで運んだのは佐藤君だからね」
「倒れるまで頑張るのはよくないよ。でも、頑張ったからご褒美あげるよ。何がいい?」
「あの、なでなでしてください」
「アタシは出てるから、遠慮せずしてもらいなさい。ほらみんなも行きましょう。これ以上見てたらアタシ達が倒れるわ」
芹さん達が行ったあと、わたしはあやくんに撫でて貰いました。
それだけでなく、最後にぎゅーって抱きしめてくれました。
離す前に気絶しちゃいましたけど、とっても嬉しかったんですよ?
お読みいただきありがとうございます。