第三十二話 彩芽くん、楓ちゃんといつもの朝を過ごす
かえちゃんと幼馴染に戻った翌日、僕は非常に早く目が覚めた。それにもかかわらず眠気もない。
さらにとても気分がよく、いっそ今日が休日でないのが残念なくらいだ。
(もし休みだったらかえちゃんと一日のんびりして過ごすのに。ま、いいか。学校でも傍にいるわけだし)
勉強を教えたり、一緒にお弁当食べたりするのもいいだろう。
何にしても、今日が平日で早起きしたのなら、かえちゃんを起こさないとならない。
(こういうのでも、恩返しになるかな?)
身支度をして、かえちゃんの部屋の戸を叩くが返事はない。
「かえちゃん、入るよ?」
部屋に入ると、かえちゃんが布団の中ですやすやと眠っていた。
あまりにも気持ちよさそうに眠っているので、隣で寝てしまいたい衝動に駆られるも、理性で抑えつけながらかえちゃんへと呼びかける。
「かえちゃん、朝だよ。起きて学校行こう」
「んっ、はぅ......あやくん?」
「そうだよ。おはよう、かえちゃん」
「はぅぅ、おはよう......ございます」
目覚めたかえちゃんだけど、まだどこか眠そうだった。
「かえちゃん、もしかして寝不足かな?」
「いえ、大丈夫です。あやくん、今日はお早いですね」
「幼馴染との心配事が解決したからね」
我ながらテンションがいつもより高い自覚はある。多分リン達と関係を絶っていたら辛気くさい感じの朝になっていただろう。
「そういえばあやくん、わたしと幼馴染に戻って何か思い出されましたか?」
「うーん、そのことなんだけど、蓋をして封じ込めてた記憶が多すぎて埋もれてる感じなんだよ」
かえちゃんとの思い出は特に大事なものなんだけど、リンやなずなちゃんとの思い出も大事で、それらが全部溢れ出したためあやふやな状態なのだ。
「そうですか......」
「急ぐなら一昨日みたいに、頭痛と引き替えに記憶を引きずり出すから」
「お願いですからやめてください。あやくんの顔色、本当に悪かったんですから」
「うん。みんな心配してたし止めておくよ」
ただ、あまりに思い出せないようならやるけど。
「約束ですよ? もし破ったらペナルティで、わたしのワガママを聞いてもらいます」
「かえちゃんって、ワガママ言えたの?」
「あやくん、わたし普通の女の子ですよ? 人並みには欲もありますし。幼馴染に戻ったので遠慮もしません」
そう宣言したかえちゃんだったけれども、いつも通り家事をして、家を出る寸前まで戻る前と変わらなかった。
「あの、手......」
「手?」
「手を......」
家のドアに鍵をかけたところで、かえちゃんが何か言いたそうに手を見ている。言いたいことはわかるけど、もしかしてワガママってこれのこと?
「かえちゃん、幼馴染に戻ったんだから、手を繋いで行こうか」
「はぅ///」
耳まで真っ赤になったので多分正解だ。ワガママまで奥ゆかしくて可愛いとか、かえちゃんってば本当にもう!
抱きしめたい衝動に駆られるが残念ながらここは家の外。時間も怪しいのでかえちゃんの小さな手を、包み込むようにして握る。
「あっ///」
「行こう」
「はい!」
手を繋いで通学路を歩く。歩幅は不自然にならない程度にかえちゃんに合わせている。
こうしていると僕が小柄で初めてよかった、そう思えてくるのだった。
いつものT字路で、名護山さんが待っていた。
「二人ともおはよう。いつもながら仲よさそうね」
「おはよう、名護山さん。かえちゃんとは幼馴染だから当然だよ」
「あの、おはようございます芹さん。あやくんとは幼馴染ですから」
「......アンタ達、昨日一日で何があったのよ?」
名護山さんにジト目で見られて、そういえば昨日まで普通に名前呼びだったことを思い出した。
(僕、どれだけ浮かれてるんだよ)
「説明はしてくれるわよね?」
「もちろん。僕の方から言うから」
学校への道を歩みながらここ数日の出来事を説明する。
「なるほど、昨日あんな青白い顔してた佐藤君がスッキリした顔になってるのはそういうことなのね」
「そうだよ。かえちゃんとの関係も隠す必要なくなったし、二人には色々迷惑と心配かけたね」
「アタシはいいけど、国重君には自分でお礼言いなさいよ?」
「もちろん」
感謝の気持ちはもちろん、思ったことはなるべく相手に伝えるようにしよう。それがここ数日間で僕が学んだことだ。
坂の前で心節くんと合流し、挨拶と一緒にお礼を告げる。
「心節くんおはよう。迷惑かけてごめん。それとありがとう」
ところが、心節くんは僕の言葉で後ずさりして、天を仰いだ。
「お、おう。ヤベー彩芽が素直だ。明日槍でも降るんじゃねーか?」
「聞こえてるよ? 人を何だと思ってるんだよ」
「桜井以外には塩対応のツンデレ」
「魚で例えるとサヨリね」
「わたしの大事な幼馴染です」
かえちゃん、僕の味方はあなただけだよ。というか名護山さん、サヨリが腹真っ黒なの知ってるからね。
「見た目綺麗で美味しいわよ? お腹の中が真っ黒なだけで」
「ぷっ、おい、名護山お前最高だな」
「心節くんも笑わないでよ。まったくもう!」
二人に怒りながらも、かえちゃんとは手を繋いでいる。校門をくぐった辺りで心節くんが僕達の手を見てしきりに頷いていた。
「しっかし、秒読みだったといっても案外早かったよな」
「国重君、そう思うだろうけど違うわ。二人の間ではこれが普通らしいから」
「マジかよ......」
名護山さんとの会話で、げんなりしていた心節くん。何があったのかな?
かえちゃんも理由がわからないようで、首を傾げていた。その仕草が可愛かった。
「無自覚って怖いな」
「ええ。今日一日だけで、何人苦しむことになるでしょうね?」
「まず犠牲者はオレらじゃね? 缶コーヒー買っとくか?」
「そうね」
すぐそばで二人がよくわからない会話を繰り広げていた。缶コーヒーがないと苦しむって、眠気か何かかな?
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