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第三十一話 楓ちゃん、恋心を自覚する

幼馴染編突入です。恒例の楓視点です。

 あやくんと幼馴染に戻れました。嬉しいです。


 あやくんがお部屋に戻ったあと、わたしは木彫り兎のアヤメくんを胸に抱いて、感謝を伝えます。


「ありがとうございます、アヤメくん。あなたがいたから、わたしはあやくんの背中を押せました」


 あやくんが不格好というアヤメくん。


 聞くとこの子だけは設計図も何も無しに、ただ思いのまま彫って作ったそうです。


 でもだからこそ、あやくんの素直な感情が込められていると思うのです。


 わたしがアヤメくんを最初に見たときに抱いた印象は、孤独の寂しさでした。


 傷付いて歪んでも、必死に誰かに助けを求めていると、そう思いました。


(でも、引き取ってみてわかりました。アヤメくんは前を真っ直ぐ見ています。それは誰かにじゃなくて、目の前の人に助けて貰いたいのだという、メッセージなんです)


 そう考えるようになり、あやくんが受けたいじめの話を思い返すと、あやくんとアヤメくんが見つめていた相手が誰なのかわかりました。


 烏丸竜堂さん......つまりわたしとも幼馴染であるカラスさんです。


 その上でアヤメくんを見ると傷付けられても、まだ信じているという風に解釈が出来ました。


(なので、仲直り出来るように背中を押しました)


 もっとも、あやくんはほとんど自分で答えを出していたみたいですけど。


「アヤメくん、これでもう大丈夫ですよ」


 アヤメくんを写真立ての隣に置き、今度はクッションと一緒に並んでいる兎のぬいぐるみ、(あや)を抱いて寝転がる。


 もう、我慢できません!


「あやくんがわたしのことかえちゃんって呼んでくださいました! 幼馴染にも戻れました! はぅぅぅ、これは夢ですか? 夢なら覚めないではうっ!」


 ゴンッ!


 彩を抱いたまま、あふれ出す感情のままに床をごろごろ転がりながら心境を吐露していると、テーブルの脚に頭をぶつけてしまいました。


 痛いです......でも痛いので夢じゃないみたいです。


 すると、わたしの奇声が聞こえたのか部屋のドアを何度も叩く音がしました。


『かえちゃん大丈夫!? 何か変なものでも出たの!?』

「いえ......何でもありません」


 あやくんがドア越しに心配してくださいましたが、いくらあやくんでもこれは言えません。


(こんなこと知られたら、恥ずかしすぎてお嫁に行けません)


 顔が赤くなるのを自覚しながら体育座りをします。そんなわたしに、あやくんは優しい言葉をかけてくださいました。


『そう? 何かあったら言ってね。何でも力になるから。僕はかえちゃんの幼馴染だからね』

「はぅぅ、ありがとうございます///」


 あやくんがわたしをかえちゃんって呼ぶ度に、トクンと胸が高鳴ります。


 はい、わたしはあやくんに恋しています。


 あやくんにおはようを言うのも言われるのも嬉しくて、わたしの作った朝ご飯を美味しいって食べてくれてキュンとして、一緒に登校して授業を受けるのが楽しくて、お弁当の感想にドキドキして、放課後のお買い物が待ち遠しくて、夕ご飯を作るときに手伝ってくださるのがありがたくて、お風呂上がりのあやくんに見とれて、おやすみを言われお布団に入るときちょっと寂しくて。そんな一日を送れることがとても幸せなんです。


 思い返すと、もうとっくに恋していました。


 ですけど、幼馴染に戻ったことで完全に自覚しました。


(大好きです、あやくん)


 心の中で言葉にして、さらなる胸の高鳴りを感じました。


 トクン、トクン、トクン。


 あやくんに会いたい。


 胸の奥から湧き上がる衝動に身を任せ、立ち上がろうとして、転がって弛みきったルーズソックスに足を取られて転びました。痛いです。


 ですが、その痛みで我に返りました。


 わたし、何をしようとしていたのでしょうか?


 あの衝動のままあやくんに会っても、多分何も言えずただ不審がられるだけだったと思います。


 思いとどまらせてくださり、ありがとうございます、わたしのルーズソックスさん。


 それに、あやくんもわたしと幼馴染に戻ってすぐに関係が変化しても戸惑うだけでしょう。


 だから今はまだ幼馴染のままでいいと思います。


 あやくんも、まだ思い出していない、別れの日の約束がありますし。


 別れの日、あやくんとさよならするのが嫌だったわたしは、あやくんに抱き付いてだだをこねていました。


『あやくん、さよならはいやです......』

『僕もいやだよ。でも、おじさん達を困らせたら駄目だよ』

『ですけど......』


 困ったあやくんは、わたしと一つの約束をしました。


『わかった。今度会ったとき結婚しよう』

『えっ......!?』

『だから、それまで前髪伸ばしてて、未来の僕が約束を覚えてるか思い出したら、前髪上げておでこにキスをしてあげるから』

『......はい』


 はぅぅ、今思い出してもどきどきします。この約束があったから、わたしはあやくんと離れてもすごく泣いちゃうくらいで済みました。


 その日からわたしの前髪は、花嫁のベールになりました。


 主にお母さん、他にも親しい人が花嫁の顔をベールで覆うベールダウンと、花婿がベールを上げるベールアップ。


 前髪で顔を覆うように助言したのは幼馴染のあやくんでした。


 なら前髪を上げて切ってくださるのは、あのとき約束した、結婚の約束をしたあやくん以外はありえません。


(ですけど、思い出してくださってもわたしの前髪を上げてくださらないかもしれません)


 こんな、小学生に間違われるほど幼い見た目のわたしでは、きっとあやくんは選んでくれません。


 それに、わたし自身重いという自覚があるので、そういう部分も嫌われるかもしれません。


(はぅぅ、見た目も中身もだめでしたら、あとは家事しか残されていません)


 それも、身長と力が足りずあやくんの助けが無ければ出来ないのですから、それもだめなのかもしれません。


 わたし、本当にだめだめです。


(いいえ、今がだめだめなのでしたら、あとは上がるだけです。あやくんを好きな気持ちは、誰にも負けないのですから!)


 絶対に諦めません。必ずあやくんを振り向かせてみせます。


 あやくんと幼馴染に戻ったこの日、わたしはそう決心したのでした。

お読みいただきありがとうございます。

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