第三十話 彩芽くん、幼馴染に戻る
この話で友達編が完結し、ようやく彩芽と楓が幼馴染に戻ります。
机の上からこの間完成した木彫りのカラスを手に取り、目の前に置いた。このカラス、よく出来たので結構気に入っている。
和解のためとはいえ、一人でリンと話すのはやっぱり緊張するので、せめてこのカラスに見ていて欲しかったのだ。
(この期に及んで、僕は本当に情けない)
自嘲しながらリンに繋ぎ、コール音が鳴ってから一分近くが経過した。
かけ直そうと思い通話終了を選ぼうとした瞬間、電話口から男性の声が聞こえてきた。
『もしもし』
ああ、この声はリンで間違いない。
「もしもし、そちら烏丸竜堂様の電話で間違いないでしょうか?」
『そうだけど』
「私は......アイリスと申します。お話よろしいでしょうか?」
咄嗟に偽名を名乗ってしまった。しかもこの偽名、リンと喧嘩したときに電話で謝る度に使ってたやつだよ。
ちなみに由来は菖蒲の英語名のアイリスからだ。
『アイリスねぇ。知らない相手だから切るね』
「すみません冗談ですあなたの幼馴染の佐藤彩芽です」
『アヤさぁ、そういうとこ変わってないよね? でもまあ、変わってなくてホッとしてるよ』
そういうリンも変わってないね。
ただし敬語で話すのは続行する。
「僕が電話してきたことがどういう意味か、わかりますよね?」
『まあね。どっちにしても今よりはいいからね。弁解もしないから結論だけ聞かせてよ。君はあまり話したくないだろうからさ』
「リンのそういう、自分だけで結論出すところ大嫌いです。あなたの言い訳を正直に、たっぷりと聞かせてください。話したくないとかではなく、話さないといけないのですから。誰かさんのためにも」
多分リンは絶縁の方だと思ったのだろう。
だからこそ、彼の逃げ道を断っておく。
『......さてはなずなちゃんに聞いたね? そこまでわかってるのに話す必要あるのかな?』
「ありますよ。さっき話した大嫌いな部分のせいで、僕もなずなちゃんも迷惑したんですから」
少なくともなずなちゃんがいじめられていたことを、リンの口から聞いていれば、僕の方から離れることでなずなちゃんを守れただろう。
『それを言われるとどうしようもないね。きっかけはアヤがいじめられてしばらく経ったとき、なずなちゃんが偶然アヤのことを悪く言う上級生に遭遇して、『何も知らないのに、リンにいを悪く言うな』って言ったことだった。しかもその上級生、君が名前と顔写真公表した奴だからね』
「知らなかったとはいえ、主導する人間にそれ言ったらいじめの対象になりますよね。しかもなずなちゃんは下級生ですから、そのグループの後輩へも指示がいきますよね」
多分僕が受けたいじめよりも陰湿で苛烈だっただろう。
今度調べて、罪を償わせようかな?
『それには及ばないよ。君が出した告発文の第二弾を俺が作って拡散しておいたから。だから今、あの中学は騒動の最中だよ。どういう理由か知らないけどあの告発文に俺の名前が無かったから、自由に動けたよ。ありがとう』
「あれはなずなちゃんがいじめに荷担していなかったので、迷惑かけられなかったからです。リンだけなら入れていましたよ。それで、弁解の続きを聞かせてください」
『覚えてたか。なずなちゃんがいじめられるようになって、俺は選択を迫られた。アヤは別のクラスだしなずなちゃんは別学年。両方守るのは無理だったけど、当時の俺は出来ると思ってアヤには何も言わなかった』
それが間違いだったんだよ、と考えながら目の前のカラスをつつく。
『それからは悪化するだけで、なずなちゃんが限界を向かえそうになったから、俺は一芝居打とうとした。ほら、歌舞伎の勧進帳って知ってるよね?』
「源義経一行が関所を越えるため、わざと主君の義経を弁慶が打ち据えたってやつですね。あの、もしかしなくともあのときのは演技だったと」
『本当にごめん。アヤの状態を考えて無かったんだ』
「だからリン一人で解決せず相談してくださいと」
まったく、なずなちゃんのことで余裕が無かったとしてもこれはいただけないよ。
これからの反省点だからね!
『アヤが倒れた直後、俺は間違いに気付いて謝りに行ったけど門前払いだったよ。そして、アヤを気にしていたばかりになずなちゃんも精神を病んだ。そこからはなずなちゃんのケアとアヤの両親に謝りに行く日々が続いた』
「なずなちゃんは回復したんですか?」
『そこは大丈夫だよ。それなりの時間と君の告発文のおかげでね』
「支え続けていたリンのおかげもあると思いますよ」
傷付いたとき誰かが傍にいるだけでも、支えになることはよく知ってるから。
僕の場合は両親と木彫りだった。
いや、それだけじゃない。
リンに傷付けられたこと、その傷を癒やしてくれたのは楓さんだ。
本当に彼女には感謝してるし、恩人だと思っている。
こうしてリンと話せているのも、楓さんのおかげなのだから。
『それならいいけどね。君も支えになってくれる人、見つかったんだね』
「うん。桜井楓さん、覚えてる?」
『えっ、サクラちゃんと再会したの? うわすごい偶然だね。俺が言うなだとは思うけど、傍にいた幼馴染がアヤを傷付け、離れていた幼馴染がアヤを癒やすなんてさ』
うん、本当にリンが言うことじゃないよね。
何せあなたのせいで幼馴染という言葉にトラウマを感じるようになったんだから。
「でも、そう考えたらリンにトドメ刺されてよかったのかもしれません。楓さんと再会できたのですから。幼馴染としてではありませんでしたが」
『本当にごめん』
「いいですよ。こうして話せているので、次にかえちゃんに会うときから幼馴染として接しますから」
別れの時の記憶は思い出せないけど、リンやなずなちゃんと話して大分思い出せてきた。
『やっぱりかえちゃんってあだ名で呼ぶんだね、あやくん』
「あやくんはかえちゃん専用です。あなたが使わないでください」
『君がそんなだから俺はサクラちゃん、彼女はカラスさんって名字をもじったあだ名で呼び合う羽目になったんだよ?』
そうだったんだ。なんか二人に距離があると思ったら僕のせいだったのか。
『アヤ、あんなことした俺だけどこれからも友達でいてくれるかな?』
「友達じゃありません。距離が離れた幼馴染です。具体的に言うと知り合い以上友達未満です」
そう言ったもののそもそも友達が少ないので、すぐに格上げされるだろうけど。
『あはは、手厳しいね。でもアヤってかなりチョロいから、すぐに元の仲のいい幼馴染に戻ると思うよ』
「残念ですが、その座はかえちゃんのものです」
『同性と異性じゃ上限が違うと思うけど。そろそろ切っていいかい? 早くなずなちゃんに仲直りしたって伝えないと。サクラちゃんにもよろしく伝えておいてね。それじゃ』
僕の返事を待たずに電話が切れた。
そういうところだよ、リン。
(さてと、僕もかえちゃんに伝えに行こうか)
木彫りのカラスをもう一度つついてから席を立ち、かえちゃんの部屋を訪れる。
かえちゃんはなずなちゃんと電話していたらしく、今度一緒に遊ぼうと約束したそうだ。
「あの、彩芽さんの方はどうでしたか?」
「無事に仲直りできたよ。とりあえず疎遠になった幼馴染ってことで落ち着いたよ。あなたのおかげでリンとなずなちゃんと、縁を切らなくて済んだ。本当にありがとう」
「いえ......わたしはなにもしていません。ですけど、よかったです。幼馴染は、仲良くないと駄目ですから」
「楓さんらしいね。それで、本題はここからなんだけど聞いてくれるかな、かえちゃん?」
かえちゃんという呼び方で彼女は大きく反応し、熱に浮かされたように独り言を呟き始めた。
「......かえちゃんって、あやくんがわたしをかえちゃんってよんでます」
「おーい、かえちゃん大丈夫ー?」
「はぅぅ! 大丈夫です!!」
僕の呼びかけに返事をするかえちゃん。ようやくこれで続きを話せるね。
「もう僕は幼馴染という言葉を、何の抵抗なく言える。だからかえちゃんと幼馴染に戻りたい。駄目かな?」
「はい......あやくん、お帰りなさい」
「うん。かえちゃん、ただいま。久しぶりだね」
涙で濡れたかえちゃんの頬を優しく撫でながら、僕は決意する。
天使みたいに優しい幼馴染、かえちゃん。僕は彼女に返しきれない恩を受けた。だからかえちゃんを幼馴染として大切にしようと誓うのだった。
お読みいただきありがとうございます。
今後の展開ですが、幼馴染に戻った二人が恋心を自覚し、関係を深めていくようになります。これまでよりもさらに甘い話となりますので、ご期待ください。