第二十八話 彩芽くん、過去と対峙する
一応シリアス回です。
朝から降り続いた雨も昼には弱まり、下校時には止んで空は薄曇りになっていた。
「はぅぅ」
「この天気じゃ仕方ないよ」
予想通り洗濯物は乾かず、夜になってようやく乾いて回収した。
「生乾きの臭いはしないし、ひとまずよかったね」
「はい。あの、彩芽さん、おやすみなさいです」
「楓さん、おやすみ。また明日だよ」
楓さんとおやすみの挨拶を交わし、布団を敷いて休んでいる時、普段滅多に使わない携帯が鳴った。
相手を確認すると父親だったので布団に寝転んだ体勢のまま出た。
「もしもし父さん?」
『彩芽、たまにでいいから連絡しろ。撫子も入学式の日にお前と会うまで気が気でなかったんだぞ?』
「ごめん、つい忘れてた」
電話が通じ、始まって早々に父さんから苦言を呈された。どう考えても僕の落ち度なので、居住まいを正してから謝罪する。
『便りが無いのは元気な証拠とはいうが、お前は抱え込むから連絡無いと追い詰められてると思うだろ』
「ごめんって。近況報告だけど楓さんとの生活は忙しいけど楽しいし、学校の方はようやく落ち着いてきたから、これからは定期的に連絡できるよ」
『そうか。学校でいじめは受けてないか?』
あからさまに心配そうな雰囲気で訊ねてくる父さん。
「一週間くらいしか経ってないのにいじめられないって。まだいじめを受けた過去は伝えてないけど友達も出来たし、クラスメートもいい人達だから大丈夫だよ」
『それならいいが......精神面はどうだ?』
「そっちを出るときに比べたら安定してるよ。幼馴染って言葉に抵抗があって、過去を思い出せないのはまだ残ってるけど」
正直に自分の状態を伝えると、父さんは電話の向こうで少し思案しているようだったが、おもむろにこう切り出した。
『彩芽、今のお前には二つの選択肢がある。一つはこのまま過去を気にせず生きること、もう一つが過去と向き合うことだ。どちらを選ぶかよく考えておけ』
「急にそんなこと言われても困るし、もうちょっと具体的に説明してよ」
「今で無くてもいい。答えが決まったら俺に電話してこい。その代わり普段の連絡は撫子にしてくれ。ではな』
「あっ、ちょっと!」
僕の抗議を無視して、父さんは言いたいことだけ告げて電話を切った。
「......なんでこういうときの父さんは言葉が足りないんだろうね」
父さんへの愚痴をこぼし携帯を置き、布団に入りながら目を閉じて父さんの言葉を反芻する。
(過去を気にせず生きるか、過去と向き合うかか。まずこの場合の過去ってなんだろうか?)
多分いじめのことじゃない。そうなると記憶に蓋をしている烏丸竜堂を筆頭とした、幼馴染達とのことだろう。率直に言うとこのまま封印したままでも、生きていくには一切問題ない。
(もう離れたし関わらないから別に必要ない。新しい友達を作っていけばいいわけだし)
実際桜井家に下宿することになり、暮らし始めた辺りまではそう考えていた。
だけど僕の過去を知っている楓さんがいたことで、その考えは打ち砕かれた。そればかりか烏丸竜堂に否定された過去の僕を肯定してくれた。
(過去にも救いがあったと教えてくれた楓さんに、僕は恩返ししたい)
そのためには、彼女との過去を思い出し幼馴染へと戻らないとならない。
(楓さんと一緒に過ごした過去だけを、都合よく思い出すなんてないよね。大体、幼馴染という言葉に胸が痛むのが無くならないと意味ないし)
そうなるとこの痛みが消えるような決着を、烏丸竜堂とつけないとならない。
(本当にそんな道、あるのかな? いいや、探さないで逃げるのはやめよう)
過去と向き合うことに決め、まずは目を閉じて瞑想を行い精神を落ち着かせ、次に平常心を保った状態でいくつかのキーワードを思い浮かべる。
(思い浮かべるのはいじめ、中学校そして......幼馴染)
幼馴染というワードで頭痛を覚えるが続行。そうするとまぶたの裏に無数の映像が流れ、関連の薄いものから消えていき残ったのは僕が受けた全てのいじめのものだった。それらは他の映像と異なりぼやけることなく細部まで鮮明だった。
(ここまで克明に覚えてるのは、されたのが本当は悔しくて、悲しくて。でもあの頃の僕は痛みも辛さも誤魔化して、何でもないように見せてた。こんなのは強さじゃない、ただ弱かっただけだ)
僕の弱さのおかげで暴露記事を作ることが出来たから、助かった部分もあったのだけど。ただ、その時は唯一記憶から呼び出さなかったものがある。それは烏丸竜堂にトドメを刺され、倒れた場面だ。
(これ、がっ......この記憶が、うぅ、目的のものだ)
頭痛に加え胸の痛みも感じつつ、そのときの記憶を呼び覚ます。そう、烏丸竜堂は確かこう言っていた。
『君って本当にバカだよね。そんなだから誰も君を必要としないんだよ』
(思い出すのが辛かったから......誰も必要としないって、幼馴染で親友って思っていた相手にそう言われて、僕は、僕は!)
痛みが激しくなり、さらに胃の辺りにも締め付けられるような感覚がある。それでも、僕は逃げない。
『えっ、リン......? 君は僕と幼馴染だよね?』
『幼馴染じゃ無かったら、とっくの昔に離れてるよ。大体、君のせいで――』
(僕のせいで、なんだったのだろうか?)
過去の僕はここで意識を失ったせいで、烏丸竜堂が何を言ったのか知らない。ただ、彼もどこか辛そうに見えたのは気のせいだろうか?
だとしたら、彼は一体......。
(まずい、もう限界......)
無理矢理記憶を引き出したせいで脳に負担がかかり、強制的に僕の意識は闇へと落ちた。
『あやくん、さよならはいやです......』
『僕もいやだよ。だから、――――』
『えっ......!?』
『だから、それまで――――。今度会ったときに――――あげるから』
『はい!』
最後に見たのは、昔の僕が楓さんの顔を伸びた前髪で隠している光景だった。それはまるで、母親が花嫁の顔をベールで隠しているようで、親愛の情が感じ取れた。
なお、翌日の僕の顔色は最悪で、楓さんを筆頭として心節くん、名護山さん、さらに海崎先生にまで早退するよう勧められるほどだった。
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