第二十七話 彩芽くん、楓ちゃんをおんぶする
みんなで楽しんだお花見の翌日、朝からザーザーと雨が降っていた。
「はぅぅ、お洗濯物が」
「生乾きになるよねこれじゃ。乾燥機あるなら使おう。無いなら部屋干しかな?」
「はぅぅ」
楓さんは悲しそうな顔をしていた。やっぱり生乾きで臭うのは嫌だよね。
二階の廊下や、今は使っていない一咲さんと紅葉さんの部屋も使って部屋干ししてるけど、とりあえず楓さんのあれは一日じゃ乾かないだろう。
「お外に出たら靴下が濡れちゃいます......」
「靴下はともかく、前髪が濡れるから楓さんには辛い天気だよね。でも僕は雨嫌いじゃないよ」
「わたしもその、両親のこともあって嫌いじゃないんですけど」
僕の両親が出会ったのも、楓さんの両親と知り合いになったのも雨の日だそうだ。
誰かの置き忘れた傘を使うかどうかで悩むのはらしいなと思った。そんな両親の影響で、僕は常に折り畳み傘を持ち歩いている。こういう朝から降っている場合は普通の傘を使うけど。
ともかくその話を聞かされ育ったため、どうしても雨を嫌いにはなれないのだ。
「雨音なんかは好きなんだけどね」
「わかります。しとしとと降る雨の音、いいですよね」
やっぱり感性が似ていた。雨の休日に二人雨音に耳を傾けながら、ぼんやりと過ごすのもいいかもしれない。年寄りじみてると言われるかもしれないけど。
家事が終わり着替える時間になると、雨足はさらに強まり足元は悪化の一途を辿ったため、家を出る直前僕はある提案をした。
「楓さん、おんぶして行こうか?」
「いいんですか?」
「楓さんよくつまづいてるし、雨の日だと転んでびしょ濡れになるんじゃないかって心配だから」
「でしたら、お願いします」
こうして楓さんを負ぶさって登校することになったのだけど、途中で楓さんが眠ってしまった。
「楓さん、起きて」
「すぅ、すぅ......」
「駄目か。しょうがない、このまま行こう」
さらに名護山さんと合流した際、当然のように突っ込まれた。
「アンタ達、朝から何やってんのよ」
「待って説明させて」
事情を説明すると名護山さんに呆れられた。
「佐藤君、アンタ楓に甘すぎるんじゃない?」
「そうかな? 別にこのくらい普通だって」
「普通じゃないし、男の子の背中で寝ちゃう楓も楓で警戒心なさ過ぎよ。それだけ佐藤君を信じてるってことだろうけど」
「この状況を見ても楓さんを起こそうとしない時点で、名護山さんも大概だと思うけど」
「だって、ねえ。ここまで幸せそうな寝顔で熟睡してたら起こすの悪いじゃない。そんなことより、早く行きましょう」
そう言って先へと歩いて行く名護山さん。僕は楓さんを起こさないようにしながら通学路を歩んでいった。
昇降口まで着いたものの、楓さんはまだ寝息を立てていた。
靴の履き替えをどうしようか悩んでいると、カメラのフラッシュが光ったかと思えば、その直後目の前に上履きが置かれた。
「おっす。朝から愉快な状況になってるじゃねーか」
「心節くんおはよう。ありがたいけど、あなたも楓さんを起こそうとはしないんだね」
「そりゃこんな面白そうなネタを終わらせるのもったいねーからな。名護山だってそう思うだろ?」
「まあそうね。楓のは履き替えさせてあげるから、早く履き替えなさい」
上履きに履き替えると、楓さんの靴を脱がす名護山さん。
「佐藤君、全然楓濡れなかったわよ。よく頑張ったわね」
「ありがとう。あとは教室まで連れて行くだけだね」
「ところで、本当に寝てるのかこれ?」
心節くんが楓さんの前髪に触れようと伸ばした手を、僕は掴んでいた。
「彩芽?」
「えっ、あれっ、僕は何で心節くんの手を止めてるの? ごめん、離すね」
「いいけど、いきなりどうしたんだよ?」
「それ多分、楓の前髪に触られたくなかったんじゃない?」
困惑している僕達二人に、名護山さんは外から見た上での推測を話す。
「ああ、確かにそうっぽいな。彩芽、どうなんだ?」
「言われてみれば多分そうかも」
「じゃあやっぱり......まあいいわ。不用意に触れようとした国重君が悪いってことで」
「仕方ねーからそういうことにしとく。でもな彩芽、理由あるなら最初からそう言え」
「僕も名護山さんに言われて、初めて気付いたんだよ」
自分でも何で触られたくないかすらわからないのだ。それでただやめろとは、子供のワガママでしかないだろう。
もしかしたら、未だに思い出せない過去に、触られたくない理由があるのかもしれない。
「考えるのはいいけど、遅刻するわよ?」
「うん」
「じゃあ行くぞ」
教室に着くと、予想通りの騒ぎになった。
「彩姫が楓たんをおんぶしてる。可愛い♪」
「朝から熱いね」
「ちくしょう、彼女いない俺達に見せつけやがって」
「百合だ、百合でござるぞ」
蜂の巣を突いたような騒動に、背中の楓さんが身じろぎする。
ようやく起きたと思い、後ろを向くと焦点の定まってない瞳で僕を見つめている。
「おはよう、楓さん。そろそろ降りてくれると」
「あやくん、ぎゅーっです♪」
「わっ、ちょっ!」
寝ぼけているのか、有無を言わさず抱き付いてくるという、普段ならあり得ない行動に出る楓さん。
「「「きゃあああっ!」」」
「「「うおおおおっ!」」」
黄色い悲鳴と怒号が飛び交い、教室内は更なる混沌へと誘われる。この大音量で完全に目が覚めたっぽい楓さんは、僕の背中で抱き付いたまま震えていた。
「わたっ、あやくんに抱きついて、ずっと、あやくんのおせなかでっ!」
「楓さん?」
「はぅぅぅ!」
そして、急に力が抜けたように背中に重みが来る。触れたところが熱かったので多分恥ずかしさでオーバーヒートして気絶したのだろう。
この後、質問攻めにされたけど、クラスメートと仲良くなれたのは幸いだった。
ちなみに楓さんは数分で目覚め、クラスの女子ほぼ全員からいじられることとなった。
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