第二十五話 楓ちゃん、木彫りを見守る
楓視点です。相変わらずこの子の視点は難しいですね。
学校が始まってから最初の日曜日、普段通りに起きたわたしはご飯を用意し、あやくんを待ちます。
いつもと同じ時間に起きたあやくんは、ちょっと眠そうでした。
「.....おはよう、楓さん」
「おはようございます。彩芽さん。お休みですからもう少し眠ってもいいですよ?」
「楓さんが起きて家事してるのに、僕だけ寝てられないからね」
顔を洗って目覚めたあやくんとご飯を食べ、いつも通り家事をして、終わったらお部屋で木彫りをするあやくんを椅子に座ってじっと見つめます。
(あやくんの手、すごいです。あっという間にカラスさんが出来ています)
朝の時点で頭だけ完成していたカラスさんですが、お昼にはもう全体的なシルエットが出来上がっていました。
(最初はカラスさんの木彫りって聞いて、大丈夫かなって思いましたけど)
あやくんとカラスさんというと、幼馴染みのカラスさんが思い浮かびます。
部外者のわたしでさえ簡単に連想出来るのに、当事者のあやくんがしていないわけがありません。
お友達になったあの日の様子では、思い出すだけでも辛そうでした。
(多分何かいい変化があったんだと思います)
その変化があやくんやわたしに、なにをもたらすかはわかりません。
あやくんはこれまで先が平らなものや、Uの字になった彫刻刀で木を彫っていましたが、三角の刃のものや斜めの刃の彫刻刀も使うようになってきました。
「これまでは平刀と丸刀で大きく削って、全体の大まかな形を作ること優先だったからね。ある程度作れてきたから細かい部分もしていかないと」
「細かいといいますと、翼とか脚とかですか?」
「そうそう。その辺を先に作るとバランス調整がし難いから」
「あの、それなら頭から作ったのはどうしてでしょうか?」
「ああ、それは頭を先に作ることで、何を作るかハッキリさせるためなんだ」
設計図を作ってから彫っていても、彫ってから時間が経つと何を作るか忘れてしまい、別のものになってしまうことがあるそうです。
そのため、多少やりにくくなっても頭だけは最初に作るらしいです。
「あの、持つときにカラスさんのくちばしが、手のひらに刺さってませんか?」
「刺さってるし持つときや削るときに強めに握るから地味に痛い。くちばし部分はあとにしておくんだったって後悔してる」
そう言いながらも、止まることなく手を動かしているあやくん。
といいますかわたしが話しかけて大丈夫ですか?
「意外と大丈夫だよ。顔が作れてるから苦戦しそうなのは脚の部分くらいだから」
「それならいいですけど、お怪我には気を付けてくださいね」
「そう言われても、木彫りでの怪我は付きものだからね。だからちょっと指先の皮膚が硬めになるんだ。触ってみる?」
そう言って作業を中断し、わたしに手を差し出してきたあやくん。
はぅぅ、触れてみると確かに硬いです。
「失敗しながら上達していくから、怪我するのは悪いことじゃないんだよ。まあ、怪我の八割はアヤメを作ってるときにしたんだけど。だから多分僕の血が染みこんでるはず」
「あやく......彩芽さんの血ですか?」
「うん。アヤメは文字通り血と汗と涙の結晶なんだよ。引いた?」
「そんなことありません!」
即座に否定すると、あやくんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔になりました。
そんなにおかしなこと言いましたか?
「いやだって、プレゼントしたものが実は血が染みこんだものでしたなんて、不気味だと思うのが普通だよ? やっぱり返すって言われても仕方ないから」
「そんなこと言いません。それに必死に頑張って流れた血を、不気味だなんて言うのは失礼すぎます」
「......楓さんはすごいね。そんな風に考えられる人、そうそういないよ。楓さんみたいな人が多かったら、世界はもっと優しくなるんだろうね」
あやくんはそう言いながらわたしの頭に手を置いて、優しく撫でてくださいました。
「はぅぅ///」
「楓さんって本当にいい子だよね。ねえ、しばらく撫でてもいいかな?」
「あっ、えっ、あの......はい///」
あやくんの気が済むまで撫でられ続けるという、とても幸せな体験をしました。
どきどきし過ぎて、何度か気絶しそうになりましたが持ちこたえました。わたしも成長しているんです。
ひとしきり撫でると、あやくんは満足したようで、再び彫刻刀を手にしました。
「さてと、そろそろ再開するよ。ここからは細かい作業になるから」
「あっ、わかりました」
「ごめんね」
あやくんの邪魔をしないように少し離れて、無言で見守ります。
シャッ、シャッ、シャッと、木を彫る音だけがお部屋の中に響きます。
あやくんに目を向ければ、真剣な顔で木彫りに臨んでいます。
(あやくん、格好いいです)
何かに真剣に取り組んでいる人は魅力的だとよく言われますけど、今日ほどそれを実感したことはありません。
いつものあやくんは綺麗ですけど、今のあやくんは格好よくて、どこか神聖な雰囲気まで醸し出しています。
そんなあやくんを注視していると、お顔が熱くなり、胸がどきどきするのを感じます。
(わたし、どうしてしまったのでしょう?)
思えばあやくんと再会してから、ずっとこういった気持ちを抱いていて、時間が経つほど、あやくんと触れ合う機会が増えるほどにその気持ちが高まってきました。
この感情が何なのか、わたしはまだ答えを出せていません。教えてくれますか、あやくん?
お読みいただきありがとうございます。