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第二十四話 彩芽くん、木彫りをする

 夜、楓さんを自室に誘う。


 約束通りに木彫りするところを見せるためだ。


「木彫り、するんですよね」

「その前に準備だけど。楓さん椅子持ってきて、ちょっと離れた場所に座ってくれると助かるかな?」


 楓さんが椅子を持ってくる間に、机の上や床に広げた新聞紙を敷いていく。木くずなどの掃除の手間を減らすためだ。


 彫刻刀数種類に紙やすり、ハンドクリームを机の上に出しておく。


「お待たせしました」

「そっちの方に座っててね。見えるかな?」

「大丈夫です。それより、何を作るのですか?」

「何が出来るかはお楽しみで」


 最初は何を作るか悩んでいたけど、先程の出来事でインスピレーションが湧いたのでそれにする。


 大きさは他のものと同じ手のひらに乗るサイズにしようと考え、11×5.5×5.5cmのヒノキ木材を用意する。金額も150円ほどと手頃な値段で買えるため重宝している。


「それじゃあ始めるけど、可愛いものにならなくても怒らないでね」

「怒りません。何を作るかは彩芽さんの自由ですし」


 許可を得たので、紙を一枚敷き木材の型取りをして、それに作るものを描いていくのだけども、どういった構図にしようか悩んだ。


 結局技術的な面で不安があるため、今回は電柱の上で休んでいる姿にしておいた。糸ノコ、買おうかな?


「これは鳥ですか?」

「うん。それでこれを木材に書き写して......よし」


 線に沿って彫刻刀の一つ、平刀で削っていく。


 平刀は平らな刃を持つので削れる範囲が広く、深さの調整もしやすい。そのためこれ一本で木彫りを完成させる人もいると聞く。


(さすがに僕はそこまで出来ないから深く彫るのは丸刀や小丸刀、みぞは三角刀、細かい部分は印刀を使うんだけど)


 丸刀は刃が大きく湾曲した彫刻刀で、大きく彫るのに適している。小丸刀は丸刀より刃が小さく、細かい部分を深彫りするときに使う。三角刀は小丸刀と同じくらいの刃で、エッジが効いているため彫ると細いみぞが出来る。そして印刀は刃先が斜めに切られているため何かと便利だ。


 まずは頭だけを平刀と丸刀で作り出したが、ここからが難しい。


(くちばしで失敗しないように。比較的太いからまだいいけども)


 ここからは小丸刀と三角刀を使い慎重にくちばしを削り出し、形が出来たら印刀で少しずつ削り、最後に紙やすりでやすりがけを行う。


(よし、難関は越えた。あとはこのまま印刀で目を作って)


 頭部が完成し、彫刻刀の刃先をキャップで覆って一息ついた。休憩中指先にグサリと刺してしまい、血が止まらなくなった経験から安全を確保するまで気を抜かないようにしている。


「ひとまず休憩。これどんな鳥かわかるかな?」


 頭だけ出来た鳥を楓さんに見せると、一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたのち、正解を導きだした。


「カラスさんです」

「正解だよ」


 そう、作っているのはカラスだ。


 鳥を作ること自体が初めてだったけど、顔だけでもカラスと分かるなら問題なさそうだった。


「あやくんってすごいです。彫刻刀の刃先が動く度に木がカラスさんの顔になっていって」

「僕よりもすごい人はいくらでもいるよ。例えば仏像作ったりする人なんか、一本の木から彫るんだから。一度彫るごとに思いを込めてるって話もどこかで聞いたんだ」


 実は僕が木彫りを始めたきっかけはその話を知ったからだったりする。


 行き場のない思いをどこかにぶつけたい、そう思っていたから。


 ただ、別に仏門に入りたいとかそういうわけではない。


 デザインとエピソードが気に入ってるだけで、どちらかといえば神道の方が好きだし。


「あや......彩芽さんも、何か思いを込めたりするんですか?」

「少しはあるけど、アヤメを作った時ほど強い思いはないよ。まあアヤメは設計図作らずに思いのまま彫ったからああなったんだけど」

「わたしはアヤメくん、気に入ってますよ? いつも撫でたり抱きしめたりしてますから」


 間髪を入れない楓さんの返答に、僕は恥ずかしさのあまり目をそらした。


 だってアヤメは僕の寂しさの表れだから。


 それを正面から気に入っていると言われるだけでもドキッとくるのに、撫でたり抱きしめたりしてるなんて言われたら、顔が見られなくなっても仕方ないと思う。


(楓さん本当にわかってるのかな? 僕達は家の中に二人きりで、しかも男の部屋にいるって意味を)


 いくら楓さんの見た目が子供でも年頃の娘である以上、いつ襲われても文句は言えない状況だと思う。


(きっと信頼されてるんだと思うけど、僕は無害じゃ無いんだよ?)


 いじめのきっかけが男からの告白だったし、女子から散々な目に遭わされたので恋愛に消極的ではあるものの、そういう感情が全くない訳ではない。


 いっそ襲ってしまおうかと考え、楓さんをじっと見つめる。


「あの、あや......彩芽さん? どうされました?」

「ううん、何でもないよ。キリもいいし今日はこれで木彫りは終わり。晩ご飯の準備をしよう」

「そうですね。今日はコロッケですから、油には気を付けてくださいね」

「楓さんも、火傷しないようにね」


 ただ僕はヘタレなので実行には移さないし移せない。


(それに、楓さんとそういう仲になるなら......幼馴染に戻らないと。今はまだ、考えるだけで胸が痛いから)


 この痛みを乗り越えたとき、僕と楓さんの関係はどうなっているのか?


 それは未だ神のみぞ知る。

お読みいただきありがとうございます。

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