第十九話 彩芽くん、自己紹介する
入学式に参加し、校長先生のお話や入試主席の人の挨拶などがあり、再び教室へと戻ってくる。
海崎先生によるホームルームの始まりだ。
学校生活での注意事項や心構えなどの説明を、最短で終わらせて自己紹介の時間となった。
「自己紹介は佐藤、お前からだ。さっき事情は調べた。言いたくないなら言わなくていいぞ」
「......わかりました」
教壇に立ち、自己紹介を始める。
「皆さん初めまして。僕は佐藤彩芽と申します。性別は男で先程お話ししたとおり、桜井楓さんの家に下宿させていただいています。出身中学は遠くの場所で、理由がありこちらに来ました。趣味は木工なので、何か作るときは声をかけてくれると嬉しいです」
こんなものだろうか?
そう考え降壇しようとしたら、国重さんと名護山さんの手が挙がっていた。
無視は出来ないので指名する。
「桜井さんの家に下宿してる理由って何?」
「僕に一人暮らし出来ない事情があり、だからといって地元に残ることも出来ないので、双方の両親が話し合った結果です」
「桜井とはいつから知り合いなんだ?」
「つい先日からです。ただ、子供の頃の記憶が曖昧なのでその頃に会っているかもしれません」
何とか質疑応答まで終え、僕は席に着いた。
(とりあえず危機は去ったね)
そう思っていたのもつかの間、今度は楓さんが自己紹介することになった。
真っ赤な顔で教壇へ立つが、ほとんど隠れてしまっている。
仕方がないので携帯式の踏み台を出し、楓さんに貸してあげた。
「はぅぅ、ありがとうございます」
「いいから、頑張ってね」
「はい。あの、わたしは、桜井楓です。背もお胸も小さいですけど、高校生です。その、前髪はあ......事情がありまして、こうして伸ばしてます......彩芽さんとは一緒に住んでいて、とても助かっています。中学校は地元です。趣味は家事、です。わたしなんかでよければ、仲良くしていただけると嬉しいです」
辿々しい自己紹介だったけど、クラスの皆には好意的に受け入れたようだ。
「桜井ちゃん可愛い!」
「守ってあげたくなるわ」
「サラッと手助けする彩姫も格好いい!」
感想は主に女子からだけど。
誰が彩姫だ。
それはさておき、僕はにっこり微笑み、楓さんにこう告げた。
「楓さん、またわたしなんかって言ったから、お仕置きだよ」
「はぅぅ、ほっぺたぷにぷにですか?」
「うん。何度言っても直らないからね」
「ねえ、ほっぺたぷにぷにって、何するの?」
名護山さんが挙手して聞いてくる。
「楓さんの頬を両手を挟んでから、触り続けるお仕置きです。これ男からされたら普通にセクハラになりますし嫌でしょう?」
「なるほど、自分のことを卑下する桜井さんに、そういうお仕置きして矯正しようってわけね。でもそれって......」
「そういうわけで、帰ったらお仕置きだよ」
「はぅぅ、お願いします」
素直でよろしい。
何故かクラスメート達、特に女子から生暖かい目で見られるようになったけど、理由が本気でわからなかった。
それから、クラスメート達の自己紹介は五十音順に進んでいった。
「オレは国重心節。趣味はカメラだ。記念撮影とかならいつでも無料で引き受けるから、気軽に声をかけてくれよな。特に最近芸術的な一枚が撮れたから、見たいやつは言ってくれ」
「アタシは名護山芹。趣味は家事よ。中学では陸上部に所属してたけど、高校では一人暮らしでする時間が厳しいからしないと思うわ。そうそう、いじめは、特に裏でこそこそしたのは絶対に許さないからね!」
国重さんと名護山さんの自己紹介は短い付き合いながら、らしさは出ていたと思う。
そうしてHRが終わり、本日は解散となったのだが、僕達はクラスメート達に囲まれて身動きが取れなくなっていた。
「家でのことですが、仲良く家事してますよ。協力しないといけないので。化粧品は使っていませんが、愛用しているハンドクリームはありますので今度持ってきます」
「はぅ、彩芽さんのことは、頼りにしてます......ほっぺたぷにぷにも、嬉しいです。前髪のことはその、ある人との約束がありまして」
「お前ら、その辺にしとけって。コイツらもういっぱいいっぱいなのはわかるだろ?」
「これ以上際どい質問はプライバシーの問題よ。聞くならせめて自分達のプライバシーも対価に出してからにしなさいよ」
答えにくい質問が増えてきたところで、国重さんと名護山さんが同時に助け船を出してくれ、質問が止んだ。
「助かりました」
「あの、ありがとうございます」
「別に、困ってるみたいだから助けただけよ。友達なんだから普通よ、普通」
「いいってことよ。ただまあ、意趣返しにしては正直やり過ぎたって思ってる。すまん」
名護山さんからは照れ隠し、国重さんからは謝罪が来た。
「国重さん。クラスと打ち解けるきっかけになりましたので、感謝してますよ」
「そう言ってくれて助かる。まあまさか、あそこから自爆するとは思ってなかったけどな」
それを言わないで欲しい。
ただ、同居を知られたのも悪いことでも無かった。
「いずれバレてたでしょうから、先にこうなってよかったのかもしれません」
「そっか。オレ個人としては助かるけどな。あの写真、どうやってお前らに渡すか悩んでたが、同居してるなら手っ取り早い」
「今度、家の場所教えますね。あっ、電話ですので失礼します」
会話中に着信があったので、断りを入れて出る。
相手は母親だった。
「もしもし母さん」
『彩芽、友達と仲良くしてるなら嬉しいけど、そろそろ来てくれないかしら?』
そういえば母さんも紅葉さんも仕事があるって言ってたね。
「ごめん、今から行くね」
『ええ。紅葉も待ってるから』
電話が切れる。
それじゃあ、急がないとね。
「電話、誰からだったんだ?」
「母からです。記念撮影して一緒に帰りたいから早く下りてきなさいと。申し訳ないですがこれで。楓さん、紅葉さんも待ってるから行くよ」
「あっ、わかりました。名護山さん、また明日です」
そう言って僕と楓さんは教室を出て行った。
「なあ、佐藤と桜井の二人共一緒に下校してるんだが、ただの同居じゃねーよな?」
「下手したら二人きりなんじゃない? 言いふらすつもりも無いけど......あの子達迂闊なのよね。心配だわ」
友人二人からの、心配そうに見送る視線を背に受けて。
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