第十七話 彩芽くん、学校に行く
やっと入学です。
そして入学式の日、僕達は揃って寝坊し、急いで朝食を食べて洗濯をしていた。
「これ終わったら掃除だよね。時間大丈夫?」
「お掃除したら完全に遅刻です~! 洗濯物干してたら、走ってもギリギリです~!」
「じゃあ掃除はあとにしよう。楽しみなイベントの前日に眠れなくて、当日寝坊する自分が恨めしい!」
「はぅぅ、わたしもです~」
似たもの同士二人で、ドタバタと準備をしていると、呼び鈴が鳴った。
(こんな時間に誰だろう?)
国重さんや名護山さんには、まだ家の場所は教えていないし、他の知り合いはいないので、来客の線は薄い。
「どなたでしょう?」
「とにかく出よう。僕が行くからね......はい、桜井です」
「彩芽、何やってるのよ」
「彩芽さん~、家事はいいですから~、行ってください~」
ドアを開けるとそこには母さんと紅葉さんの姿があった。
二人とも仕事じゃなかったの?
「子供の晴れ舞台に出ないのは寂しいでしょう?」
「と言っても~、終わったら戻らないといけませんが~」
「あれっ、撫子さんに、お母さん!?」
様子を見に来た楓さんも、母親登場に驚いているみたいだった。
「いいから早く着替えて行きなさい」
「お掃除くらいは~、してあげますからね~」
言いたいことはあったけど、遅刻して悪目立ちしたくないので素直に従い自室に戻った。
(母さん、紅葉さん、来るなら先に言ってよね。格好悪いところ見せちゃった)
いつもはもっとちゃんとしているのに、よりにも寄ってこのタイミングで来なくてもいいのに。
そう思いながら制服に袖を通すのだった。
「ほら、今ならまだ歩いてでも充分間に合うから。洗濯物干すのと掃除はやっておくから」
「彩芽さん~、あとで記念写真を撮りますので~、走らずに頑張ってくださいね~」
僕と楓さんはお互いの制服姿をしっかり確認し母さんと紅葉さんに家事を任せた。
「母さん、紅葉さん、任せたよ! 行ってきます!」
「お母さん、撫子さん、行ってきますね」
「はいはい、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ~」
そうして、二人の母親に見送られ、僕と楓さんは出発した。
気恥ずかしさで家が見えなくなるまで早足で歩いていたが、隣で楓さんが息切れしていたのでペースを緩め、普段の速さで歩く。
「ごめんね楓さん、大丈夫?」
「はい......何とか」
「それにしてもびっくりしたよね。母さん達が来るなんて」
入学式に来てくれたらと、内心では思っていたのでありがたかった。
楓さんのご両親は来られないだろうと考えていたため、来て欲しいとは言えなかったけど。
「そうですね。まさかですよね。しかもあとで記念写真を撮ってくれるみたいですよ?」
「うん。国重さんにお願いしようと思ってたけど、二人での写真は母さん達に撮って貰おう」
紅葉さんが撮るなら、楓さんの前髪を全開にした写真になるかもしれない。
そんな期待を抱きつつ、学校への通学路を歩んでいく。
そして、桜の坂道に差し掛かった。
下見に来た日から数日で散り始めた桜の花びらが、空を舞いながら降り注ぐ、桜のシャワーとなっていた。
時間を確認すると、母親二人のおかげで大分余裕のある到着となった。
歩いている制服姿は新入生だろう、まだ数は多くない。
「これはまた......綺麗だけど楓さんの髪にまた付いちゃうね。もちろんまた取ってあげるけど」
「はぅぅ......ありがとうございます」
「前髪に付いたら、可愛い顔見られるから期待もしてるんだよ。僕以外に見せたくないから、取ったらすぐ隠すけど」
「はぅぅぅぅ!」
桜の花びらよりもずっと濃い色に染まる楓さん。
これ以上照れると気絶しそうなので、手を繋いで防ごうとした。
「はぅぅ~」
しかし、どうやらそれがトドメになったらしく、目を回して崩れ落ちる楓さん。
「楓さん! よかった、間に合った......」
倒れ込む前に抱き抱えることに成功し、抱えたまま僕はゆっくりと坂道を上っていった。
「それにしても、楓さんは見た目通り軽いね」
男子としては非力な部類に入る僕でも、お姫様抱っこして歩くことが出来るのだから、その華奢さがうかがい知れる。
同居人や友達として、改めて支えていこうと思うのだった。
桜の坂を抜け、校門まで少しのところで、腕の中にいる楓さんが大きく動いた。
「はぅぅ......ここは?」
「気がついた? 校門前だよ。坂道を上りきって、ちょうど目覚めたからよかった。下りて歩けそう?」
「はい、大丈夫です」
優しく地面に下ろし、髪や制服に付いた花びらを取っていく。
「うん、可愛いね。校門、一緒にくぐろう」
「はい!」
そうして、僕と楓さんは同時に学校へ一歩踏み出した。
高校の敷地は中学校よりは広く、敷地内には体育館やプール以外にも、部室棟も建っている。
校舎は築十年も経っていない、比較的新しい学校だ。
校舎前に立てられている掲示板には、クラス分けが書かれていた。
「これは、探すの苦労しそう。楓さん、見える?」
「大丈夫です。実は視力いいですから」
「そう? だったら分担して端から確認していこうか。一緒だと非効率だから」
一時的に楓さんと別れ、僕は始点から、楓さんは終点から自分の名前を探す。
そうして、名前を見つけるために互いの距離が段々近付いていき、声が聞こえるほどとなったところで、ついに発見した。
「あった!」
「ありました!」
僕と楓さんの声が重なる。
「あやくん......彩芽さん、一緒のクラスです!」
「よかった。これで教室でも一緒だね」
出来過ぎな偶然だけど、今はこの幸運を喜ぼう。
そう思いながら昇降口で靴を履き替え、教室まで移動したのだった。
校門前での僕達の様子を偶然見ていた新入生が、それを元にウェブ漫画を描き、現役高校生漫画家としてデビューすることになるのだが、それは別のお話。
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