第十六話 彩芽くん、制服を着る
ただの下見と買い物だったはずが、同級生二人と縁を結ぶという幸運に巡り会い、僕達は帰宅した。
「なんかさ、同級生と会ったからだと思うんだけど、急に制服を着たくなった」
「確かにそうですね。着てみませんか?」
「そうだね。実はブレザーって初めてだから楽しみなんだ」
「わたしもです」
着替え終わったら見せ合いしようという話になり、僕達は一旦それぞれの自室へと戻った。
男子の制服だから、中学のときと着るものに大差は無い。
ただこちらはネクタイを締めないとならない。
(これ、どうやるのかな? えっと、こうかな?)
見様見真似で締めてみたがとりあえず形にはなっていると思う。
自らの姿を鏡で確認した感想はまあ、男装した女の子としか言えないよね。
(まあ、制服着てて間違われることはないよね。それに、国重さんと名護山さんの二人が、わかってくれてるから少しは気が楽だよ)
鏡を見続けても仕方がないので、部屋を出て楓さんを待つ。
三分後、制服を着た楓さんが自室から出て来た。
男子の物と同じ青色のブレザーと、チェック柄のミニスカートを着崩したりせず、ちゃんと着ていた。
さらに楓さん自身も、髪を三つ編みにしたり、靴下を白いハイソックスにして真面目さを前面に打ち出している。
「楓さん、可愛いくて綺麗だよ」
「ありがとうございます。あや......彩芽さんも綺麗で格好いいです」
「ありがとう。楓さん」
お互いの姿の感想を言い合う。いつもの姿より大人っぽいのは事実なので、綺麗という言葉を使った。
こんな子と、毎日並んで登校すると思うと、楽しみになってくる。
「楓さん。今度は不登校にならないからね」
「はい。わたしも頑張りますね」
「同じクラスになれたら、もっと楽しいかも。まあ別のクラスでも遊びに行くけど」
「はい///」
制服を着たことで、新たな学校での生活を想像して胸が躍った。
来たる高校生活について、いろいろと決めておこうと思いリビングへと向かう。
「さてと楓さん。僕達はもう高校生になるわけだけど、学校生活が始まることでこれまでと変わることも出て来るよね。その辺について話し合おう」
「えっと、わかりました。まずは家事について、ですよね?」
「うん。基本的にはこれまでと同じ担当でって思うんだけど、それだと楓さんの負担が大きい」
学校があるので掃除はそこまで出来ないが、食事と洗濯は毎日必ずしないとならない。
そうすると自然に楓さんの負担が増えてくる。
「洗濯を僕が全部するのは、やっぱり駄目?」
「はぅぅ、恥ずかしいから駄目です......」
「だったらお風呂の準備に片付け、それと買い物は僕がするよ。朝の負担を減らせない以上、他の時間の家事をするしかないからね」
家事にかかりきりで勉強や友達との時間をおろそかにするわけにはいかない。
特に楓さんは放置したら家のことを優先するので、意識して仕事を奪わないといけない。
「わかりました。あの、学校でのお昼はどうしますか?」
「購買か学食があるならそれでいいんじゃない?」
「お弁当作るのは駄目、ですか?」
楓さんはどうやらお弁当を作って、一緒に食べたいらしい。
どうしよう、負担を考えたら反対だけど、楓さんがしたいことはさせてあげたい。
僕個人としてはもちろん作って欲しい。
「個人的には嬉しい。だけど、毎日は大変じゃない?」
「大丈夫です。あや......彩芽さんがさっき言った家事をしていただけるなら」
「わかったよ」
休みの日はこれまで通りということで、家事の話は終わりとなった。
「あの、他に話すことってあるんですか?」
「あるよ。僕達の同居を、どうやって誤魔化すかって重要なのが」
そう、これがバレたら一大事だ。
さらに、バレたとしても説明できる言い訳を考えていないと詰む。
「はぅぅ、そういえば忘れていました」
「世間一般では、年頃の男女が一緒に住んでるって、問題しか無いからね。一応父さん達が学校には説明したらしいけど、どんな理由で認めさせたんだろう?」
聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
『子供を下宿させたタイミングで、ホストファミリーの両親が転勤せざるを得なくなった。子供はいじめが理由で不登校になったため、一人暮らしはさせられない。そのため、子供達の二人暮らしになったと、正直に伝えた。うちの方はそれで納得した』
『いじめを受けた子供を下宿させるのと同時に、断れない転勤の話が来た。単身赴任や全員引っ越しも考えたけど、僕には生活能力が全くないし妻は一人で生活できない。なので娘をその子に任せることにした。こんな感じで説明したよ』
上がうちの父さん、下が一咲さんから来たメッセージだ。
いやこれ、学校側は納得するかもしれないけど、僕達が言い訳として使うには重いよね。
なお、その旨を伝えるとどちらからも『最悪の場合、義妹で押し通して構わない』といった返信が来た。
(そういえば妹で思い出したけど、国重さんの僕達が兄妹って誤解を、まだ解いていないような......)
「楓さん、ちょっと今から国重さんにメールするから」
「あの、順序立てて説明して貰えますか?」
「ああごめんね」
経緯を説明すると、楓さんは納得した様子だった。
「わかりました。誤解したままだとわたし妹ですもんね。ところで、わたしたちの事情って、あのお二人にはお話ししますか?」
「それは......すごく悩む」
そもそも同居しているなんて、自分達から言い出すことじゃない。
二人にバレた場合の口止めは、名護山さんは大丈夫だろうし、国重さんは盗撮の件を蒸し返して脅せるので問題ない。
「しばらくは黙っていよう。家に遊びに来たいって話になったら、説明しよう」
「わかりました」
話がまとまったところで、国重さんからメールが届いた。
『そういうことは先に言え。ということは桜井も同じ学校になるのか。それは面白そうだ』
ということで許された。
話は済んだので制服を脱いで着替えることにした。
「汚したらマズいから、今度着るのは入学式だね」
「そうですね」
そうして私服に着替え、昼食にした。
なお、翌日の洗濯物はいつもより楓さんの靴下が多かった。
あれだけ洗濯しても、翌日の分があることに驚いた。
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