第十五話 楓ちゃん、友達を作る
楓視点です。
国重さんと別れ、学校を下見したあと、わたしとあやくんはお買い物しにきました。
「それで、何を買うのかな?」
「その、食料品より先に、服を買いに......」
「わかったよ」
あやくんと一緒に、スーパーの衣料品売り場で服を探します。
その、お洒落なお店は、わたしにはハードルが高いので。
「僕もそういうお店には行けないから、同じだね」
はぅぅ......一緒は嬉しいですけど、女の子としてはなんだかすごくだめな気がしてきます。
そんな風に考え、前をよく見ていなかったのが行けなかったのでしょう。
女の子とぶつかってしまいました。
「きゃっ!」
「はぅ! すみません!」
どう考えてもわたしの不注意なので、すぐに謝りました。
相手の女の子は多分わたしと同世代で、セミロングの髪をポニーテールにしていて、目元がキリッとした美人さんでした。
背はわたしどころかあやくんよりも高くて、お胸やお尻も大きいという、女の子として憧れるスタイルでした。
「もう、気を付けなさいよ。前、しっかり見えてる?」
「すみません」
さらに、不注意でぶつかり尻もちをついたわたしを、助け起こしてくれる優しさも持っていました。
「これでよしっと。一人で買い物に来たの?」
「いえ......お友達と」
あれっ、あやくんの姿がありません。
ってそうでした。下着を買うからと別行動してたんでした。
「ふぅん、それって何日か前この近くで、アンタを悪く言ったナンパ男に、すごい啖呵切ったあの綺麗な子?」
「えっ!?」
彼女が言っているのは、わたしと一緒にいたあやくんがナンパされたときのことでしょう。
「えっと、多分そうですけどどうしてご存じなんですか?」
「アタシ、あの場にいたから。あの子明らかに迷惑してそうだったから、助けようとしたらあれだもの」
普段優しいあやくんが、あの時はとても冷たい雰囲気を纏っていました。
もちろん、怒ってくれたのは嬉しかったですけど。
「友達を悪く言われて怒るなんて、すごく格好良かったわ」
「......あの、そういうことは僕のいないところで言ってください。さすがに恥ずかしいですから」
「えっ、あ、彩芽さん!」
「ちょっ、いるならいるって言いなさいよ!」
どうも自身の買い物が済んだのでわたしを探しに来たみたいです。
あやくんの手には衣類の入ったレジ袋があり、わずかに下着が――!?
「あら、男物の下着ってことは、アンタまさか男なの!?」
彼女もそれに気付いたのか、目を丸くして驚いていました。
「ええ。まあ」
「その見た目で男ってズルくない? 小さくて可愛いし」
「僕としては、女の子に身長で負けてる事実を突きつけられて、悲しくなってきますが。あなたの身長って、高い方ですか?」
「追い打ちをかけるようで申し訳ないけど、大体平均よ」
衝撃の事実にあやくん、そしてわたしも愕然としました。
「そんな落ち込まなくても、何年かしたら伸びるわよ。成長期なんだから」
あからさまに落ち込んだわたしたちの様子に、彼女は助け船を出しました。
「中学時代、全然伸びなかったです。オマケに体毛も薄いままです」
「小学生で止まっちゃいました。今度高校生なのに」
「えっ、二人ともまさかの同級生!? どこの高校よ?」
高校名を同時に伝えるわたしとあやくん。
それを聞いた彼女はまた驚いていました。
「アタシも同じよ。うわ、アンタ達の制服姿、めっちゃ楽しみなんだけど。同級生と会えるなんて、今日買い物に来てよかったわ」
「僕達もです。申し遅れました。僕は佐藤彩芽です」
「桜井、楓です」
「アタシは名護山芹よ。よろしく、佐藤君、桜井さん」
そう言って名護山さんは、はにかみました。
美人さんは何しても絵になります。
「早速だけど、連絡先交換しない? 同級生でも、同じクラスになれるかわからないし」
「いいですね。ああ、キャリア向け以外のメッセージアプリは入れてませんから、電話番号とメアドでお願いします」
「あれ入れてないんだ。桜井さんもそうなの?」
「はい......」
元々使っていませんでしたが、いじめが理由で削除したというあやくんのお話を聞いたので、わたしも消しました。あやくんのトラウマを刺激したくないですから。
「アタシもそう。中学時代陸上部に入ってて、アプリ内でグループ作ってたんだけど、そこでちょっとね。だから、信用できる相手にしか教えないことにしたのよ」
「僕達のこと、信用していいんですか?」
「年上の、大柄な男に女の子を悪く言われて、毅然とした態度を取れる佐藤君は信用できるわよ。その佐藤君が守ってる桜井さんもね」
確かにそうです。
ナンパをしてきた男性はあやくんよりも明らかに年上で、身体も大きく本能的に恐怖を抱くほどでした。
そんな相手に、わたしを悪く言われたからと強く物申したあやくんは、すごく格好よかったです。
わたしの信用がついでなのは仕方ないと思います。
名護山さんに信用されることしていませんし。
「というか桜井さん、そんな風にしてるから地味とか言われるんじゃない? せめてその野暮ったい前髪何とかしなさいよ」
名護山さんの指摘は正しいです。
でもこれは、過去のあやくんとの約束の証なので、目元より上は切れません。
「はぅぅ、これはその、ある人との約束で」
「約束? 桜井さんに地味な格好させて、傍にいない酷いやつの約束なんて、守る必要ないわよ」
きっと名護山さんは、わたしのためを思って言ったんだと思います。
ですがその言葉は、わたしにとってはゆるせないものでした。
「酷いやつなんて、言わないでください! わたしの大切な幼馴染のことなんですから!」
大切な幼なじみのことと聞き、名護山さんはばつが悪そうな表情を浮かべました。
「桜井さん、アタシが間違ってたわ。誰にだって踏み込んだらいけないことってあるわよね。本当にごめんね」
「いえ、わかっていただければ......それに、わたしのために怒ってくださったんですよね?」
「桜井さんを怒らせるだけだったけど」
他人のために怒ることと、自分が間違っていたら謝ることが出来る名護山さんの、その誠実さに好感が持てました。
(名護山さん、なんだかちょっとあやくんに似てます)
なのでわたしから、電話番号とメールアドレスを名護山さんに教えました。
「あの、仲直りの印です。これから、わたしのお友達になってください」
「いいの?」
「いいんです。名護山さんはお嫌ですか?」
「そんなこと無いわよ。アタシが言うのもなんだけど、その前髪のことで何か言われたらいつでも相談して。力になるから」
この日から名護山さんとの電話やメールのやり取りが日課になりました。
名護山さんは家事も得意みたいで、お話するとよく意見が合いました。
あのスーパーにもよく行っているらしく、買い物しているわたしたちを見かけたこともあったらしいです。
そうやって話しながら、お買い物を終えたのでした。
お読みいただきありがとうございます。