第十四話 彩芽くん、友達が出来る
生活が落ち着いてきたある日、僕は楓さんに一つの提案をした。
「学校の下見、ですか?」
「うん。他にも通学にどれくらい時間がかかるかも知りたいし、駄目かな?」
受験の時にも訪れていたけど、あの時はホテルで宿泊後に受験という流れだったので、桜井家から学校までの道は通ったことがない。
「いいですけど、それわたしも一緒......通学でーと」
「違うからね。まだ入学してないし何なら私服で行くから通学じゃないよ」
「......はぅ? 制服じゃ駄目ですか?」
楓さんの疑問ももっともだ。
普通、入学前とはいえ学校に行くなら制服の方がTPOに合っているので適切だろう。
だがここはあえて私服で行く。
通学路と通学時間さえわかればすぐに戻るので、わざわざ着ていく必要も無い。
「それに、帰る途中で買い物にも行けるし」
「あっ......確かに一度家に戻るよりは効率的ですよね。必要なもの、メモしますね」
「頼むよ。荷物持ちはするから」
二人それぞれ準備をして外出する。
空は晴れで、雨は降らないそうだ。
途中までは買い物に行く時と同じ道を歩いて行く。
「次の信号を通らず、右に曲がってしばらく真っ直ぐ行きます」
「わかったよ」
「ここ、坂になっていますのでお気を......きゃっ!」
「楓さんも気を付けてね」
道案内している最中、坂道で躓いた楓さんを転ばないようにフォローする。
「はぅぅ、ありがとうございます」
「いいよ。それにしても、圧巻だねこれは」
「はい......」
坂道と通学路と来れば、桜並木というのが定番だろう。
僕達が通うことになる学校もそのお約束を外していないらしく、目の前には絶景が広がっていた。
「今年は桜が遅咲きだったから、入学式は壮観だろうね」
「そうですね。彩芽さんと下見に来てよかったです。初めて見たら絶対に見とれて、遅刻してしまいました」
確かに綺麗だよね。
散り始めの時期には桜吹雪が見られると思うので、そっちも楽しみにしておく。
二人でしばらく桜を眺めていたが、ずっと立ち止まっているのもどうかと思い、道の端に移動した。
その際、楓さんの長い黒髪に、桜の花びらがいくつか絡みついているのに気付いた。
「楓さん。髪に花びらがついてるよ?」
「はぅぅ、どこですか?」
「動かないで。取ってあげるからね」
髪が乱れないように優しく、丁寧に花びらを取っていく。
「はぅぅ///」
「これで最後だよ」
最後に、前髪に絡んだ一枚を処理したところで、カメラのシャッター音がした。
「誰です!?」
「うおぉっ!」
素早く音の方を向き、誰何する僕に動揺する男性。
私服姿で、それなりに背が高い。
顔立ちは結構整っていて全体的にガッシリした印象だ。
手にはデジタルカメラを持ち、位置的に僕達を見ていたようだ。
これは、もしかしなくても僕達を撮ってたのかな?
「姿を見せての盗撮ですか? 違うにしても許可を得ないのはマナー違反ですよ?」
「すまん! 消せというなら消すから、カメラだけは勘弁してくれ!」
男性を糾弾すると、まさかの往来で土下座謝罪を敢行してきた。
恥やプライドを投げ捨てたその姿に、僕は毒気を抜かれてしまった。
「別にカメラをどうこうしたりはしませんから、立ってください。こちらが風聞悪くなりますし、スカートの子もいるんですよ?」
「はぅぅ」
「おお、マジですまん。妹さんもすまん」
どうやら男性は僕と楓さんを姉妹と認識したようで、楓さんがショックを受けていた。
励ましてあげたいけど、今はこの男性の方が優先だ。
「謝罪は受け入れます。写真のデータに関してですが、撮った目的を教えていただけますか?」
「あまりにも絵になる光景だったから撮った。それだけだ」
「なら、見せられますよね? 楓さんも見ましょう」
「......はい」
二人で男性の撮った写真を確認する。
それは先程、楓さんの髪から花びらを取っている場面を写したもので、これだけ見ると優しいお姉さんが妹の世話を焼く、少女漫画にありそうな光景だった。
「これ、よく撮れてますね。楓さんはどう思います?」
「すごく、お綺麗です」
「ということなので許します。カメラ、返しますね。それと、出来ればですが、この写真をいただけたらと思いまして」
「そのくらいならお安いご用だ。少なくともそっちのお姉さんはここの学生だろ? オレは新入生だから、会う機会もあるだろ」
どうやら彼は僕達と同い年らしい。
それなら僕が男ということは伝えておこうかな?
「あの、先程からお姉さんと言ってますけど、僕は男であなたと同じ新入生ですよ?」
「......は? その見た目で男!? 嘘だろ!?」
彼は唖然としていた。
どう見ても女の子にしか見えない相手に、いきなり僕は男です、なんて言われたら普通そうなるよね。
「本当です。念のため楓さんは女の子ですからね」
「そっちは疑ってねーよ」
「そうですか。これに懲りたら写真撮影の際には許可を得ることですよ」
「わかった。まあ、つい撮っちまう瞬間なんて滅多にないけどな。オレは国重心節だ」
変わった名前だったけど、こぶしなんて男らしい名前はちょっと羨ましい。
「僕は佐藤彩芽です。あっちは桜井楓さん」
「よろしくな、彩芽。お前はこのアプリ使ってるか?」
そうして国重さんが提示してきたのは、メッセージをやり取りするアプリだった。
昔は使っていたが、今はアプリごと削除している。
(いじめられてた頃、酷かったから。家族とかとはキャリアのやつを使ってるし)
「いえ、使ってないですよ。必要なかったですし、事情もありましたから」
「そっか。なら電話とメアド教えろ」
事情があると聞いて、無理に勧めてこない国重さんはいい人だと思う。
「わかりました。えっと、登録しますので名前の字を教えてください」
「国に重いで国重と、心の節で心節だ。お前の字は花の菖蒲か?」
「色彩の彩に、新芽の芽です。ええそうですよ名前も女の子っぽいですよ」
せめて菖蒲という字なら、しょうぶとも読むので男っぽかったのに。
名前に込められた意味も知ってるから嫌いにはなれないけど。
「はぅ、彩芽さん落ち着いてください!」
心の闇が漏れ始めた僕の手を、楓さんが握ってくる。
ああ、何か落ち着く。
「ごめん楓さん。国重さんもごめんなさい」
「気にするな。じゃあまたな」
「ええ、また入学式で」
「またです」
国重さんは僕達に別れを告げ、坂を駆け下りていった。
「国重さんと同じクラスになれたら楽しいだろうね。僕達も帰ろうか」
「はい」
僕と楓さんはゆっくりと、桜の坂道を下りていった。
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