第十三話 彩芽くん、買い物する
住宅街を並んで歩いている僕と楓さん。その距離は少しだけ離れている。友達との距離感は、こんなものだろうか?
歩幅が違うので、楓さんが遅れないように、ゆっくり不自然にならないように歩みを合わせていく。
(こんな感じの速さで歩けばいいかな?)
その速度は僕にとっても苦にならず、慣れれば無意識でも合わせられそうだった。歩いていると信号に差し掛かる。点滅していたので走ろうとしたが、楓さんに急いでいる様子は無い。
「その、わたし運動苦手でドジですから......走っても遅いですし転びますから」
「じゃあ急がなくていいね。もし転んで事故に遭ったら大変だし。そうだ、どっちか手出して」
「こう、ですか?」
言われるままに右手を差し出す楓さん。転ぶのなら、こうすればいいよね。僕は左手で、楓さんの手を握った。
「えっ......あや......彩芽さんが、わたしの手を///」
「こうすれば安全だよ。楓さんが嫌なら離すけど」
「嫌じゃないです!」
だったらこのまま行こう。もちろん少し恥ずかしかったけど、それ以上に懐かしさもあったので気にならなかった。
「ねえ、あの子達姉妹かしら?」
「微笑ましいわね。手まで繋いで」
「妹ちゃん、手を上げて渡ってる。可愛い」
信号が変わって、横断歩道を渡っているときに聞こえてきた会話に言いたいことはあったけど。
そうして、スーパーマーケットに辿り着いた。規模は大きく、駐車場も広い。僕の地元では見たことない名前なので、地域密着型の企業なのだろう。楓さんの家からは徒歩15分くらいの距離にあるので、学校から帰った後に買い物するのにも向いている。
「あの、こちらがよくわたしやお母さんがお買い物しているスーパーです」
「そうなんだ。いつもは歩いてくるの?」
「荷物が少なかったらそうですね」
「そうなんだ。カゴは僕が持つから、選ぶのは任せたよ」
自動ドアをくぐり買い物カゴを一つ持つ。
「はい。まずはお野菜を買います。わたしが持ってくるので、お願いしますね」
「わかったよ」
野菜コーナーで、僕から離れて一つ一つ野菜を吟味して持ってくる楓さん。時には同じ野菜を見比べたりもしていた。辺りを見回すと同じようにしている人がチラホラいて、中には僕達と同世代っぽい女の子もいた。
「何してたの?」
「お母さんに教えて貰った、お野菜の見分け方でいいお野菜を選んでいました。もちろんお値段も気にしてですけど」
「しっかりしてるね」
「そんなことは......お魚とお肉も買いますね」
鮮魚コーナーや精肉コーナーでも、意外なほどしっかりしていた。その間僕は刺身を見ていた。なるほど、こういう切り方してるのか。
「今日は切り身にしようかしら......?」
さっきの女の子が独り言をつぶやきながら、カゴにサバの切り身を入れていた。
「お待たせしました......何か気になっていましたか?」
「刺身の切り口を見ててね。魚捌けるようになったら二人での料理の幅が拡がりそうだし」
「あっ、それすごく助かります。実はお魚捌けないので」
へぇ、ちょっと意外かも。
「三枚おろしとか難しいですから」
「やり方調べてみて、出来そうならやってみるよ」
その時は、一匹丸のまま買ってみようか。
「食材は買ったわけだけど、これで終わりかな?」
「いえ、洗剤とかもあります」
「じゃあお願い」
楓さんが持ってくる物の、裏側に書いてある使い方を読みながら待つ。なるほど、これはこういう風に使えばいいのか。
「あの、終わりました」
「そう。じゃあレジに並ぼうか」
レジに並んで清算し、レジ袋ごとバッグに入れて持つ。それなりに重いけど片手で持てないわけじゃない。むしろ普段僕が買うものよりも軽いし小さいくらいだ。
「あの、帰りはわたしが」
「駄目。楓さんに荷物持たせて、手ぶらの僕が並んで歩いてるの想像してよ。どう見ても妹をこき使う酷い姉にしか見えないから」
自分で言ってて悲しくなってくるが、大体そう見えるはずだ。この時点でも充分酷いが、実際は自分より非力な女の子に荷物を持たせる男と、さらに酷い状況になる。楓さんもその答えを導き出したのか、大人しく僕に荷物を任せてくれた。
「楓さん、このままホームセンターまで案内してよ」
「その、荷物を持ったままで大丈夫ですか?」
「ハッキリ言うとちょっと無理。後で改めて買いに行くから場所だけ知りたいんだ」
「それならわたしが荷物を持ちますから」
品揃えを確かめたりして時間がかかるから、その間待って貰うのも悪い気がする。そう伝えたものの、楓さんは結局折れなかったのでこのまま同行させた。5分ほど歩くとホームセンターが見えてくる。こちらは全国でも名前の知られた店舗だったので、何となく品揃えは想像できた。
「なるほど......じゃあ、ついてきてね。今回は手っ取り早く必要なものだけ買うことにしたから」
親切に商品の配置が店内図で表示されているので、全体を見て回る必要がない。
「特に嵩張るものは、家に送って貰うことにするけどいいかな?」
「それは構いませんけど......」
「じゃあまずは掃除に使う道具から探すね」
とりあえず見てみたところ、伸縮式の片手で持てるモップと、床用のワイパーが便利そうだったので複数手に取り、楓さんに渡した。
「わぁ、こういうのあるんですね」
「背が低い僕達には、特にありがたいよね。他にもあるかもだけど、それは必要になったらその都度揃えるからね」
必要も無いものを買って、場所を埋めるようなことは避けたいのだ。
「掃除用具はこれでいいとして、あとは踏み台をいくつか」
普段使いの分はあるが、もう少し高さがあるものも欲しい。今の踏み台では上の方にある収納スペースにギリギリ届くくらいので、うっかり落として怪我の元になりかねない。
「これがいいかな?」
「いいと思います」
相談して購入し、踏み台は発送して貰うことになった。
「じゃあ、帰ろうか」
「はい」
「帰ったら洗濯物を取り込もうか。今日の天気で乾いてるかな?」
晴れているけどちょっと肌寒いので、もしかしたら微妙かもしれない。
「生乾きじゃなかったらいいけど。特に楓さんのあれ」
「はぅぅ、それを言わないでください~」
「だってあれだけ長いし、構造上タオルより乾きにくいだろうから」
「はぅぅぅ!」
帰るまで、楓さんをからかって遊んだ。だって、あのだぼだぼ靴下、伸ばしたら長いし一足どころか沢山干してるしで、ツッコミどころ満載だったし。そんな風に賑やかな帰り道で、僕達はずっと手を繋いだままだった。ちなみに、洗濯物は無事乾いていた。
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