エピローグ 彩芽くんと楓ちゃんの新たなる日常
最終話です。
夕方、定時に仕事を終え、飲みに行くこともなく僕は家路を急いでいた。一秒でも早くかえちゃんと、娘達に会いたいからだ。もういい加減同居し始めてから結構な年月が経つが、未だに僕達はラブラブだった。
「お帰りなさい、旦那様」
「ただいま、楓」
「なんだか名前で呼ばれるのって照れ臭いですね、あやくん」
「旦那様って呼ばれる方が照れるよ。でも、社会人だから公私の区別を付けないとね、かえちゃん」
ドアを開けるとかえちゃんに出迎えられた。こうして旦那様と呼ばれるのは家の外と送り迎えのとき限定だ。僕も対外的にはかえちゃんのことを名前で呼んでいる。何故かというとあだ名で呼んでるのを同僚に知られて散々弄られたからだ。
(中々慣れないけど仕方ない。幸い、まだ数人にしか知られてないから、上書き出来るはず)
ただ、その数人とはよく一緒に仕事をするので、配置換えでもされない限りネタにされ続けるだろう。ちなみに僕の職場でのあだ名は姫だったりするけど、多分かえちゃんや娘達には知られてないはず。
「お荷物、お持ちしますね?」
「大丈夫だよ」
かえちゃんの薬指には、木製の結婚指輪が填まっている。この間の木婚式の祝いとして買ったものだ。未だに木彫りは趣味なので、手作りしてもよかったのだけど、祝いの品なのですからあやくんだけが頑張るのは違う気がしますとのかえちゃんの意見で既製品になった。
(凝ったデザインのものとか色々見られたから、勉強になったからいいけどね)
実際に選んだのはオーソドックスなものではあるが。ただ、この指輪を見て娘達が欲しがったため、安全性を考え着脱を容易にするため輪の一部を意図的に欠けさせたものを作ってあげた。
(壊れたり、二人が大きくなったりしたらその都度、新しいのを作ってあげないとね)
子供の成長は早いし、大切にしていても壊してしまうこともあるので、その度に腕を振るうことになるだろう――そこまで考えて、娘達にまだ出迎えられていないことに気付いた。
「そういえばかえちゃん、二人はどこかな?」
「ちょっと前まで寝てましたけど、あやくんが帰ってきたので起きてくると思いますよ?」
かえちゃんの発言に被さるように、ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきて、小さな影が一つ、僕の胸に飛び込んできた。
「とと様、おかえりなさい♪」
「わわっ、鈴蘭ちゃん!」
その正体は僕とかえちゃんの長女、鈴蘭ちゃんだった。鈴蘭ちゃんの見た目は僕や母さんによく似ていて、黙っていれば大人しそうに見える。実のところはこんな風に元気が有り余ってるけども。
「危ないから走らないの!」
「ごめんなさい、とと様」
謝りながら鈴蘭ちゃんは僕から下りた。すぐに謝れるところは、鈴蘭ちゃんの美徳だと思う。呼び方が古風なのは、今よりもっと幼い頃実家に連れて行った際、父さんが時代劇を見てて、その台詞が移っちゃったそうだ。
「鈴蘭ちゃん、桔梗ちゃんはどこですか?」
「階段までは一緒だったから、もうすぐ来るよ。かか様」
「はぅぅ、パパ、ママ、すみません......」
鈴蘭ちゃんの言葉通り、ゆっくりと歩いてきたのが桔梗ちゃんだ。年齢は鈴蘭ちゃんより一歳下で、見た目は完全に小さなかえちゃんだ。なお、見た目じゃなくて基礎体力の低さも受け継いだらしく、遠出する度にかえちゃんと二人でへばっていたりする。
「桔梗ちゃん、疲れたなら支えてあげる♪」
「ありがとうございます、鈴蘭お姉ちゃん」
「もう、可愛いな桔梗ちゃんは!」
「きゃぁぁぁっ!」
そして、僕に好みまで似てしまったのか、鈴蘭ちゃんは桔梗ちゃん大好きなシスコンお姉ちゃんに育ってしまい、隙あらば桔梗ちゃんを抱きしめているのだ。まあ桔梗ちゃんも桔梗ちゃんでかえちゃんに似て、身長より長いルーズソックスを家の中で愛用してたりするけど。
(外で履かない理由を聞いたら汚したくないって、かえちゃんと同じ理由だったのは面白かったね)
それを聞いた鈴蘭ちゃんは意味がわからないって首を傾げていたけど、この件は鈴蘭ちゃんが正しいから気にしないでね。ちなみに桔梗ちゃんはキッチリ靴下を履きたいので黒ニーソを愛用している。
「あやくんも帰ってきましたし、夕ご飯にしましょう。今から用意しますから、いい子で待ってましょうね?」
「「はーい♪」」
「運ぶの手伝うよ。転んだら危ないからね」
「はぅぅ、ありがとうございます」
まだ娘達は小さいので、キッチンには立たせられないが、二人とも興味は持っているのでそのうち簡単な料理を教えることになるかもしれない。
(将来が楽しみだね。その頃には鈴蘭ちゃんは落ち着いて、桔梗ちゃんは体力ついてたらいいけど、一番の願いは元気に育ってくれることだね)
ことあるごとに神社を訪れ、神頼みしているので大丈夫だとは思う。それに何かあったら父さんや周りの人に相談すればいい。僕達は一人で生きてるわけじゃないのだから。
「あやくん、お皿お願いします」
「わかったよ、かえちゃん」
「とと様、頑張ってね」
「パパ、ありがとうございます」
かえちゃんに呼ばれ、料理をテーブルへと運んでいく。その度に娘二人から応援されたり労われる。些細な日常の小さな幸せをかみしめながら、これからも僕は彼女達と支え合って生きていく。
お読みいただき、ありがとうございました。ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。彩芽と楓の物語はこれで完結となりますが、娘二人の物語もいつか書くかもしれませんので、その際はまたお付き合いいただければ幸いです。