第四十七話 楓ちゃん、誕生日を迎える
楓視点です。
誕生日の朝、目を開けるとあやくんのお顔がすぐ傍にあり、わたしは思わず目を背けてしまいました。どうしてかといいましと、すごくリアルな夢を見たからです。
(はぅぅ、あやくんとキスする夢、もっと見たかったです)
その夢でわたしは、あやくんにキスして欲しいと懇願し目を閉じました。そして、戸惑いながらも願いに応じたあやくんが一秒ほどの短い口づけをわたしにしたのです。すごくいい夢でしたけど、一つだけ残念だったのがそこで夢が途切れたことです。
(続き、すごく気になります。夢のわたしはあのあとどうしたのでしょうか?)
わたしのことですし、きっと恥ずかしくなって気絶したんだと思います。自分で想像しておいてなんですが、あまりの情けなさに悲しくなってきました。
(こんなんじゃいけません! わたしは今日あやくんとキスするのですから!)
かぶりを振ることでネガティブな気持ちを振り払い、目の前で眠っているあやくんへと向き直り、耳元でささやきます。
「あやくん、朝ですよ?」
「んっ、あ、かえちゃん?」
呼びかけて起きたあやくんでしたが、なんだかいつもよりぼんやりした様子でした。目の下に隈がありますから、もしかして夜更かししていました?
「おはようございます、あやくん。眠れませんでした?」
「ちょっとね。先に言っておくけど、かえちゃんのせいじゃないからね」
「あの、もう少し寝てはどうですか?」
「掃除とか洗濯しないとだから、のんびり寝てられないよ。そんなことよりもかえちゃん、誕生日おめでとう」
「はぅぅ、ありがとうございます」
あやくんは昨日言っていた通り、誰よりも早くおめでとうをわたしに伝えてきました。そうして、あやくんから祝福されて間もなく、ドアがノックされました。
「はーい」
『カエデちゃん、誕生日おめでとう。一宿一飯の恩返しに家事はワタシとリンにいがしておくから。アヤにいはカエデちゃんが動かないよう見張ってて』
なずなちゃんがドア越しにこう伝えてきました。あやくんもなずなちゃんの言葉を聞いていたみたいで、
「お言葉に甘えて部屋で過ごそっか。多分一通り終わったらまた呼びに来るだろうし」
という提案をしたのでした。もちろんわたしは受け入れ、二人でのんびり過ごすことになりました。
「そうと決まれば、まずは蒲団畳まないとね」
「あの、二度寝はしないんですか? せっかく眠れるわけですし」
「もう起きちゃったからしないよ。とりあえず顔を洗ってきなよ。蒲団上げたら僕もそうするから」
「わかりました」
あやくんがお蒲団を片付けている間、わたしは洗面所で顔を洗い歯磨きしました。わたしとあやくんの歯ブラシが並んでいるので、間違えないように気をつけながら。
(最初の方はうっかり何回か間違えました)
その度に間接キスを意識してしまい、気まずくなってたりもしましたけど、今ではいい想い出です。歯を磨き終えお部屋に戻ってからは、あやくんに髪の毛の毛先を整えて貰いました。
「はぅぅ、すみません」
「いいって。僕も楽しんでやってるし」
あやくんは芹さんからいただいたハサミと、なずなちゃんからのプレゼントである手鏡を使い毛先を切り揃え、最後にクシでといていきました。はぅぅ、気持ちいいです。
「こんなものかな?」
「はぅぅ、わざわざすみません」
「いいって。それより掃除するから、椅子から動かないでね?」
髪の毛対策として床に敷いていた新聞紙を片付けるあやくん。わたしももう少し器用だったら、お礼にあやくんの髪を切ってあげますのに。
「ご飯持ってきた」
「あの、一緒に食べませんか?」
「ワタシとリンにいはもう済ませた。じゃあアヤにい、よろしく」
あやくんに二人分のベーコンエッグトーストを渡して、扉を閉めたなずなちゃん。なんだか、朝から冷たいです。あやくんはあやくんで苦笑いしていますし。
「とりあえず食べようか。冷めたら作ってくれた二人に悪いしさ」
「そうですね」
美味しかったんですけど、しっかり焼けていたトースト以上にベーコンエッグの味加減が絶妙だったので、そちらの印象がより強く残りました。
「食べ終わったお皿は僕が片付けに行くから」
「そのくらいはわたしが」
「誕生日なんだし、かえちゃんは大人しくしてて。いつも頑張ってるんだから、今日くらいはね」
「えっと、わかりました」
お皿を片付けに出たあやくんでしたが、三十秒ほどで戻ってきました。どうも階段の途中でカラスさんに持って行かれたそうです。呼び方のせいですけど、言葉にするとなんだかちょっと面白いです。
「そういえば、かえちゃんってどうしてリンのことカラスさんって呼んでるんだっけ?」
「子供の頃の呼び名をそのまま使ってるだけです。きっかけは多分カラスさんの名字と、子供の頃黒い服をよく着てたからかと」
「あー、かえちゃんが桜色の服を着てたみたいに?」
「そうですそうです」
単純なあだ名ですけど、それが定着してしまうのは幼馴染あるあるですよね。わたしとあやくんのあだ名もアヤメくん、カエデちゃんと子供の頃言えてなかったからですし。ちなみになずなちゃんだけあだ名がないのは、なっちゃんやなーちゃんって呼んだらむくれたからです。
「小学生の頃のなずなちゃんにその頃のこと聞いたら、ありきたりなあだ名が嫌だったんだって」
「何と言いますか、なずなちゃんらしいですね」
あやくんと幼馴染談義に花を咲かせていたところ、今度はインターホンが鳴らされました。
「誰だろう、ちょっと見てくるね」
「あの、わたしも行きます」
あやくんと一緒に玄関に向かうと、心節さんに芹さん、百合さんと牡丹さんの四人が訪ねてきていて、それをカラスさんとなずなちゃんが出迎えている場面に遭遇し、
「おっ、主賓の到着だな。コイツらが誰とか疑問はあるがとりあえずだ。せーの」
「「「「「「誕生日おめでとう、かえちゃん(楓)(楓たん)(サクラちゃん)(カエデちゃん)」」」」」」
ここにいる全員から、わたしは祝福されたのでした。
お読みいただき、ありがとうございます。