第四十六話 彩芽くん、キスしてしまう
はい、彩芽やらかします。
最後に僕が入浴しパジャマに着替えて部屋に戻ると、すでに蒲団が敷かれていてリンとなずなちゃんが抱き合っていたので、慌てて扉を閉めた。いや、別に普通にいちゃついてたから、僕が過剰反応しただけなんだけど。
(ただ、あの二人の積極性は見習わないと。せっかくお膳立てしてくれたんだから、せめてキスくらいはしないと)
握り拳を作って自分に気合いを入れ、かえちゃんの部屋に入った。蒲団の上にちょこんとかえちゃんが座っていた。その顔は少し寂しそうだった。そういえばリンがお風呂に行ったときから今まで放置していたことに気付き、お詫びも兼ねて抱きしめた。
「あやくん!? どうされました?」
「ごめん、寂しい思いさせて。それと、かえちゃんの誕生日を最初に祝いたいのと、誕生日を迎えたかえちゃんの顔を一番最初に見たいから一緒に寝たい。駄目かな?」
「駄目じゃないです。あの、ありがとうございます」
かえちゃんの隣に腰掛け、優しく髪を撫でた。そういえば、僕から添い寝を誘うのは寝ぼけてキスしたとき以来か。あれは自分の中でノーカンにしたけど、かえちゃんの唇すごく柔らかかったな。
「あの」
「......」
「あの!」
「何かなかえちゃん?」
「ぼんやりしていましたけど、眠かったりしますか?」
そんなことを考えていると、かえちゃんから心配された。まさか本当のことを言うわけにもいかず、大丈夫だと返事をしてから雑談に興じた。
「ところで、家に帰るときに言いそびれていた質問の続きってなんでしょう?」
「大したことじゃないよ。大晦日って何時まで起きてるか聞きたかっただけだよ」
「いつもと同じくらいですけど、それがどうかされました?」
かえちゃんのいつもの就寝時間は午後十時と、同世代と比べるとかなり早い。僕がたまに十二時越えても起きているのに対し、非常に規則正しい生活を送っている。
「かえちゃんが夜更かし出来るか聞きたかったんだ。ほら、大抵大晦日って遅くまで起きてても許される日だから」
「はぅぅ、すぐに寝ちゃう子ですみません。十時過ぎるとほとんど眠っちゃってるんです」
「謝らなくていいよ。なら今も眠いのかな?」
「ちょっとだけですけど......多分三十分くらいしたら眠ってます」
だったら日付が変わるまで起きたままでいさせるのは酷か。誕生日になったと同時におめでとうを伝えたかったけど、かえちゃんが起きていられないのなら素直に寝ようかな?
「それなら寝よっか。慣れない着物着て疲れただろうし。でも、また一緒に着て出かけようか」
「そうですね......あやくんと、お揃いですから」
眠そうにしていたかえちゃんをぎゅっと抱きしめ、一人用の蒲団から出ないように注意しながら眠った。このまま朝まで熟睡した、と言いたいところだけど日付が変わる頃左足に違和感を覚え目を覚ました。
(なんだろう......足がなんか突っ張ってるような――!!!)
ほんの少し動かしただけで、ふくらはぎに激痛が走った。そう、寝ている間に足がつったのだ。微睡んでいた意識は一気に覚醒し、堪えきれない痛みを和らげようと足をさすろうとして、自分の手がかえちゃんを抱きしめていることに気が付いた。
(なんでこういうときに限ってこうなるのかな!?)
慎重に腕を動かしながら、自由に動く片足でつった足をさすっているうちに幾らかマシになった。その後腕が自由になったので、一度体を起こして痛みが引くまで文字通りの手当てをしていたのだけど、完全に眠気が飛んでしまった。
(眠くなるまで、何かしてようかな? でも変に動くと徹夜してしまいそうだし、どうしよう)
月と星の明かりがカーテンの隙間から差し込み、微かにものが見える部屋の中でぼんやりととりとめのないことを考えていた。すると突然隣で寝ていたかえちゃんが上体を起こし、虚ろな瞳で何かを探していた。
「あやくん、どこ、ですか?」
その口から漏れたささやき声と瞳から一粒こぼれた涙が、この間の夢さらには過去の別れの瞬間を連想させ、気付けば僕はかえちゃんを抱きしめていた。もう泣かないで、僕が傍にいるから――そう、行動で示した。
「あやくん......」
「大丈夫、僕はどこにも行かない。不安なら指切りしようか」
「いいえ、昔みたいに......キスで」
そうして、かえちゃんは目を閉じた。起きてるのか寝ぼけているのかわからないかえちゃんにキスしていいのかと逡巡した。あるいはおでこや頬で誤魔化そうとも思った。だけど僕は自身の欲求に逆らうことが出来ずかえちゃんの唇に、自らの唇を重ねていた。一秒ほどの短いキス。だけど前寝ぼけてしたときよりも鮮明に、唇の感触が僕の心へと刻み込まれた。
(ああ、また寝込みを襲ってしまった)
今回のはノーカンには出来ない。意識して行ったキスの味は、とても甘くちょっぴり苦かった。一方、された側のかえちゃんはというと「ありがとう、ございます」という短く告げ、ぱたりと倒れ込むように夢の世界へと旅立っていった。キスされたにも関わらず恥ずかしがりもしないその様子で、かえちゃんがただ寝ぼけていただけとわかり、罪悪感に苛まれながら一夜を過ごしたのだった。
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