第四十四話 楓ちゃん、神楽を見る
楓視点です。そろそろ佳境に入ってきました。
お祭りで賑わう境内を抜け、わたし達は神社の本殿を参拝しました。食べ歩きをしない分、お賽銭をいつもより高額にします。そして、今回わたしは、神様にあるお願い事をします。
(あやくんとキス出来るように、少しだけ勇気をください)
それは、足りない勇気を補うための祈りでした。こうでもしないと、恐らくわたしは一歩を踏み出せないでしょう。明日はわたしの誕生日、もしキスするのならこの日が一番でしょう。あやくんの誕生日にお付き合いを始めて、おでこにキスされたのですから。
(神様、明日、あやくんとキスします)
そう心に決めて、参拝を済ませます。もしも出来たのならば、今度来るときはもっとお賽銭を奮発しますね。真剣に祈っているのをあやくんに見られたのですが、内容は隠し通しました。
(知られたら恥ずかしすぎます)
参拝後に社務所を訪れると、何度か会った巫女のお姉さんが、とても忙しそうにしていました。どうやら巫女神楽があるらしく、その準備に追われていたみたいです。
「あやくん、巫女神楽ってなんでしょう?」
「簡単に言うと巫女さんが神様に捧げる舞のことだよ。長期に渡る練習が必要だから、基本的に本職の人がするみたい」
「そうなんですね。あの、あやくん」
「見たいなら、舞台の前で待っておこう」
そんな会話が聞こえたのか、巫女のお姉さんはわたし達に笑顔を向け、右手の親指を立ててくださいました。そういうわけで、仮設の舞台の前に移動し、始まるまで待ちます。
「かえちゃん、携帯は電源切っておこうね」
「わかりました。他のお客さんだけじゃなく、巫女のお姉さんにもご迷惑かかりますからね」
始まる直前に携帯の電源を切ってしばらく待っていると、舞台に数名の着物を着た男性の方が数名上がり、端の方で正座しました。手には笛や琵琶を持ち、その前には太鼓などが置かれていました。そうして、太鼓の音を皮切りに厳かな音楽が流れ始め、巫女のお姉さんが鈴を手に持って舞台へと上がります。
(とっても綺麗です)
人懐っこい笑みはなりを潜め、鈴の音と共に真剣な表情で舞うお姉さんはとても美しく、わたしはお姉さんを中心に広がる幻想的な世界に引き込まれました。時間にすると五分ほどの、決して長くない舞でした。
(すごい、です)
ですけど、終わったあともわたしはしばらくその余韻を楽しんでいまいた。気付けばあやくんにおんぶされ、いつもの人懐っこい笑みを浮かべた巫女のお姉さんにほっぺたをぷにぷにされていました。
「はぅぅ!?」
「やっと気が付きましたね。見とれてくれたのは嬉しいですけど、ここまでだと心配になってきますね」
「僕はかえちゃんをここまで虜にしたあなたに嫉妬しますけどね」
「意外と独占欲強いんですね。いっそ巫女になりますか?」
「男だから無理ですし、音楽と体育は苦手なので」
なんだか知らない間に、あやくんとお姉さんが打ち解けていました。はぅぅ、ぷにぷにはやめてください。
「大丈夫ですよ、きっとバレませんから」
「そういう問題じゃないですよ。ですけど、かえちゃんが興味を持ったみたいなので、また見に来ようとは思いますけど」
「ありがとうございます。それでは、当神社の秋祭りをお楽しみくださいませ」
わたしの頬を触るのをやめ、一礼して社務所へと戻っていったお姉さん。それを見送ってわたし達は石段を下りました。辺りは暗いですけど、人の数は段々増えているのがわかります。
「かえちゃん、はぐれないようにね」
「大丈夫、です」
これから、お祭りのクライマックスで、お神輿が神社に宮入りする際、勢いよく石段を駆け上っていくそうです。危ないので石段から離れるように、観客が誘導されます。そうして、お神輿を担いだ人達が石段を走って行きました。毎年、ここで石段を踏み外すなどして転んで怪我をする方がいるそうですが、今年は無事に済んだようです。
「迫力ありました」
「そうだね。さあ、もうそろそろ帰ろうか。暗いと危ないから、手を繋いでね」
「はい」
神社から帰宅している道中は無言で手を繋いでいました。おしゃべりしながら歩くのもいいですけど、こうやって何も話さないでいるのもありだと思います。ですが、家が見えてくると急にあやくんが口を開き質問してきました。
「かえちゃん、質問いいかな?」
「なんでしょうあやくん?」
「かえちゃんって――」
質問の途中で言葉を切り絶句したあやくん。何かあったのかと思い視線の先を目で追うと、その理由がわかりました。ここにいるはずのない人達がいたからです。
「えっ......? なずなちゃんと、カラスさん? どうしてわたし達の家の前にいるのでしょう?」
「......やっぱりそうだよね。見間違いじゃない。それに前に来たときより荷物が多い。何しに来たんだろう?」
遠目からですけど、間違いありません。ですけど、遠方にいるはずの二人が何故ここにいるのかわからず、わたしとあやくんは困惑しながら、自宅へと近付きます。
「やあ、こんばんは。アヤにサクラちゃん。お揃いの着物似合ってるね」
「アヤにいもカエデちゃんも可愛い。今日は泊めて欲しい」
「「えっ、えっ、えぇぇぇぇぇ!?」」
わたし達の顔を見るなり泊めて欲しいと告げられ、わたしとあやくんは大声を上げて驚いてしまいました。
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