第四十三話 彩芽くん、秋祭りに出かける
秋祭り当日、昼まであった授業が終わってから帰宅し、家事を一通り片付けた僕達は着物に着替えていた。思い切りザックリ説明すると、まずは肌襦袢という下着みたいなもの(ガウンっぽいものとかワンピースっぽいものとか数パターンある。僕とかえちゃんのはガウンタイプに紐で結ぶやつ)を身に着け、それから上に着物を着る。何度か練習してそれなりに慣れてきたとはいえ、洋服とは比較にならないほど時間がかかった。
(来年は浴衣の着付け、一人でも出来るどころか人の着付けも手伝えそう)
そう実感出来るほどに、着替えを繰り返すことでようやく見られる形になるのだ。最後に足袋を履いて完成したので、かえちゃんの部屋を訪ねようと一歩踏み出して思う。歩きづらいと。
(大股開きで歩くような服じゃないね。歩くのだけはかえちゃんの方が慣れるの早いかも)
着物での歩き方を模索しながらかえちゃんの部屋の戸を開けると、帯に苦戦しているかえちゃんの姿があった。とりあえず整えてあげて、いつでも出られるようにした。
「はぅぅ、ありがとうございます」
「ううん。それよりもかえちゃん、着物すごく似合うね。黒髪が綺麗だからかな?」
僕は髪型をアップにして簪も挿したけど、かえちゃんはそのままストレートにしている。少しというか大分幼いけど、大和撫子という言葉が当てはまるだろう。
「あやくんの方が、その、お綺麗です」
「まあ母さんそっくりだからね。きっと男物の着物や道着とか着ても、凛々しい女の子に見られると思う」
自分で想像してすら、そういう印象しか持てないのだ。ただ、女物着ても変に思われないから、堂々とお揃いに出来るのは嬉しいところだ。今回のお祭りは、別に待ち合わせとかしていないのでかえちゃんのタイミングで出発することになる。
「あの、先にご飯食べてから行きましょう」
「向こうで食べないの?」
「食べるときにお着物汚しちゃいそうですから。それに浴衣のとき以上に帯がキツいですから」
「あー、言われてみればそうかも。でも、それならどうやってご飯食べるの?」
「これを使います」
かえちゃんが取り出したのは子供の頃の給食でお世話になった、割烹着だった。これを着物の上に着て食べるのを想像する。
「ねえ、これいつの時代の格好?」
「多分、元号が三つ以上前だと」
「まあ着物着てる時点で今さらか」
夕飯が煮物とおひたし、豚汁だったため余計にそういう印象を受けた。なお味については安定の美味しさだった。
「かえちゃん、行こうか」
「はい」
指輪を着けて、二人で神社へとゆっくり歩いていく。その道すがらクラスメートとすれ違い、その度に雪女と座敷童と評される。ちょっと待って、どうして妖怪に例えるかな!?
「はぅぅ、わたしはやっぱり子供扱いなんですね」
「座敷童ならいいと思うよ。可愛いし、近くの人を幸せにするから。というかどうして僕が雪女かな? 着物も秋物なのに」
「たまにすごい笑顔をしてるからかと。わたしも見ててちょっと怖いときありますから」
かえちゃんの率直な意見に、思わずなるほどと感心した僕だった。そうして神社に辿り着くと、またも見知った顔と遭遇した。百合さんと牡丹さん、さらにその彼氏である菊太さんと桐次さんだ。
「彩芽さんに楓さんか」
「ちっす」
「うわー、二人とも着物なんてよくあったよね」
「ものすごく似合ってる。まるで――」
「雪女と座敷童って言ったら怒りますよ?」
「姉妹みたいって言おうとしただけ。彩姫、もしかして散々言われた?」
「ええ、クラスメートと出会う度に」
多分嫌そうな顔をしていたのだろう、僕の返答を聞きかえちゃん以外の全員が苦笑していた。
「まあ、そう思うくらい似合ってるって好意的に解釈しようよ」
「言いたくなる気持ちもわかるっすけど」
「おい、百合のフォローを台無しにするな」
「別にいいですよ。お祭り会場で目くじら立てるのもあれですし」
「そう。彩姫、明日は二人で来るから、よろしく」
「わかったよ。お祭り、楽しんでね」
小声で牡丹さんと明日のことについて話し、四人と別れ石段を上る。もちろんお祭りだからといってお清めを怠ることはしない。上りきった直後に心節と芹さんにも会った。
「言っておくけど、雪女と座敷童に例えるのは禁止だからね?」
「まだ何も言ってねーよ。ここでも女装してんのかって思っただけだ」
言われてみれば、最近外出するときは大抵女装していることに気が付き、僕は愕然とした。下手すれば僕の持ってる服、男物より女物が多いかもしれない。
「彩芽君はともかく、楓はいつもより大人っぽいわね」
「はぅぅ、ありがとうございます」
「お前ら、そんな格好で買い食い楽しめるのか?」
「地元の夏祭りは買い食いして楽しんだから、今回はあえて食べずにお祭りを楽しもうかなって思って」
着物を汚したくないと答えるのもどうかと思い、その場で思い付いた理由を告げる。心節はそれで納得したようだった。
「そんなもんか。ま、楽しみ方は人それぞれだからいいけどな」
「中々風情のある楽しみ方ね。アタシもお正月とかに着てみようかしら? 実家から送ってきてるし」
「その際は、あやくんに着付けして貰ってくださいね」
「いやそこは楓じゃねーのかよ」
心節がツッコミを入れたものの、なんだかんだで僕の方が適任っぽいと思っているのか芹さんは何も言わなかった。うん、かえちゃんは自分で着られるのは出来ても、人に着せるのは年単位の練習が必要だから。
「さてと、あんまり立ち止まってるのも迷惑だからそろそろ行くわね」
「そうだな。彩芽、お祭りだからってあんまり夜遅くまで出歩くなよ?」
「わかってるって。かえちゃん行こっか」
「はい」
デート中の二人と別れ、僕達はお参りするために本殿へと向かったのだった。
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