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第三十六話 彩芽くん、宿題を提出する

 朝、枕元で鳴る電子音で微睡みから覚めた僕は、音の元である携帯を操作しアラームを止めた。画面には九月一日の午前六時と表示されている。


(そうだ、今日から新学期だ。起きないと)


 もぞもぞと布団から出て、最初にしたことは寝相で乱れた服を直すことだった。たまにかえちゃんと一緒に寝てるときに服がはだけていると気まずくなるからだ。身だしなみを整えてから洗面所に向かう途中、朝食を並べていたかえちゃんに挨拶した。


「おはようかえちゃん。今日から学校だね」

「おはようございます、あやくん。朝ごはん出来てますよ」

「顔洗ったら食べるよ」


 歯を磨き顔を洗い、さらに寝癖を直してからかえちゃんと朝食を食べた後、二人で洗濯をしながら家の中を掃除し、家事を一通り終えてから制服に着替えた。


「かえちゃん、忘れ物はないかな?」

「大丈夫です。宿題も全部入っています」

「なら安心だね。それじゃあ行こうか」

「はい」


 学校まで手を繋いで登校し、教室でクラスメートとの交流ついでにお土産も配った。チョコとビスケットの二つを一人一人に手渡しで渡していく。なんとか始業時間までに渡し終えて席に着く。


「よし、お前ら揃ってるな。今から体育館で始業式だ」

「わかりました」


 チャイムと同時に教室へと入って来た海崎先生が僕達に移動するように促してきた。そして体育館に移動して、始業式に参加した。校長先生の挨拶がとても長くて思わず欠伸が出そうになるのを我慢しながら、ふと隣に目を遣ると貧血気味なのか、かえちゃんが少しふらついている。幸い、倒れる前に話は終わったので大事にはいたらなかったのだけど、保健の先生に連れられかえちゃんは途中退席していった。


(かえちゃん、大丈夫かな?)


 心配だったけど式を抜け出すわけにもいかずそのまま表彰式に移り、僕は名前を呼ばれ賞状を受け取ることになった。そうして始業式を終えてから、かえちゃんの様子を見に保健室に向かった。休んで回復したのか、顔色は大分よくなっていた。


「あの、ご心配おかけしました。教室に戻りましょう」

「まあかえちゃんがそう言うなら。でも、無理は禁物だよ。おんぶして連れて行こうか?」

「はぅぅ、恥ずかしいです」

「言っておくけど、拒否権はないからね?」


 登下校時と同じようにかえちゃんをおんぶしながら教室に戻る。その後各教科で出された宿題を海崎先生へと提出した。


「まあこんなもんか。今日忘れた奴は一週間以内にそれぞれの教科の先生に提出しろよ?」

「期間を過ぎた場合はどうなるんですか?」

「無論補習だ。ついでに言っておくが、遅ければ遅いほど評価は下がるからな?」


 補習というワードに呻いたクラスメートが数名いたので、多分やってないのだろう。僕は心の中で彼らにエールを送りつつ、かえちゃんと一緒に下校した。宿題の入っていた鞄は、登校時に比べると軽くなっていた。


(しばらく、宿題のことは考えたくない)


 そう思っていたのだけど、提出した読書感想文のことで御影先生から呼び出しを食らった。文字数は足りていたし、文章の構成にも問題はなかったはずなので、腑に落ちないまま職員室を訪ねた。


「佐藤君、呼ばれた理由わかりますよね?」

「いえ、まったく検討がつきません。どうしてですか?」

「その、聖書を読んだ室町時代の農民視点で描いた感想文は、読み物として面白かったですけど、夏休みの宿題としては相応しくないですから」


 ちょっと困った顔をしながら、感想文を返してきた御影先生。学校が決めた基準に従って書いたものに文句を付けられ、あまつさえ再提出を求められたため僕は抗議した。


「どこが相応しくないんですか?」

「聖書の読書感想文なんて出されても困るからです。内容が批判的だと余計に危ないです」


 だったら最初から宗教関連の本は除外して欲しかった。ならば今思いついた案はどうだろうか。宗教関連ではないから大丈夫なはずだ。


「でしたら、君主論を実践する独裁者視点の感想文はどうですか?」

「あの、佐藤君は私のこと嫌いなんですか?」


 質問を質問で返してきたのはどうかと思ったけど、御影先生が本気で泣きそうだったのでこのくらいで許してあげた。


「かえちゃんみたいに可愛い人ですから、人として好きですよ。わかりました。ちゃんとまともなの書いてきますから泣かないでください」

「まだ泣いてませんから! でもどうせなら桜井さんが書くみたいな、可愛いのをお願いします」

「どうしてですか?」

「私が読みたいんです。心がぽわぽわしますから」


 紅葉義母さんといい僕はどうもかえちゃんに似てる人には弱いらしい。ともかく、やるとなった以上は全力で御影先生のリクエストに応えることにした。


(まずは題材選びからだね)


 作品は恋愛小説、恋の芽生えから結ばれるまでを描いたヒット作で、あえて主人公の女の子ではなく、男の子の目線で感想文を作った。一日で書き上げ提出したことに御影先生は驚き、その場で感想文を読み日だまりのような暖かな表情へと変わった。


「最初からこれを出してください。読んでぽかぽかする、いい感想文でした」

「職権乱用ですよ?」

「先生をわざと困らせる佐藤君よりましです。ただ、私の夫も佐藤君みたいな意地悪なタイプですから、怒るに怒れないんですけど」

「僕のお嫁さんも、御影先生と似てますけどね」

「それって桜井さんのことですよね。ご結婚はいつにされますか?」


 満面の笑みでそう聞いてくる御影先生。気が早いですしそもそも教師としてその発言はどうなんですか?


「いいんです。私達と似ているなら卒業までは不純なことはしないでしょうし、純愛なら応援したいですから」

「まあしませんからいいですけど。それと式は未定ですけど、卒業したら籍は入れようと」

「素敵ですね。式ときは私も呼んでください」


 どうも本気っぽかったので、頭の片隅に置いておいた。これ以降御影先生は僕とかえちゃんが卒業するまで、僕とかえちゃんの味方をしてくれたため、結婚式に本当に呼ぶことになったのだけど、それはまた別のお話。

お読みいただき、ありがとうございます。御影先生は一応相手を選んでしてます。

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[気になる点] 聖書を読んだ室町時代の農民視点で描いた感想文? なにそれ、読みたいw
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