表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/156

第三十一話 芹ちゃん、心節くんの家を訪れる

芹視点です。

 お盆の間、アタシは実家に帰省していたけれど、諸々済んだので昨日の夜こっちに戻ってきた。そして今日は朝から心節君の家を訪れていた。もちろん、本人には内緒にしている。


「多分起きてると思うけど......」


 インターホンを鳴らし、返事を待つ。しばらくして玄関の戸が開かれ、心節君の母親である桃子さんがアタシを笑顔で出迎えてくれた。


「あら、芹ちゃんじゃない。今日も勉強見に来たの?」

「はい。お盆で帰省していたので、その分の進み具合が心配になって」

「本当、出来た彼女さんね。心節は今出てるけど、すぐ戻るだろうから上がって休んで」


 強引に桃子さんに連れ込まれ、気付けばアタシはリビングに通されていた。こういう有無を言わせないところは心節君そっくりなのよね。父親の幹雄さんもアタシに会うなりいきなり息子を頼むと言い渡して来たりしてるので、ああいう部分は遺伝なのだろう。


(気に入られてるみたいだからいいんだけど。少なくとも朝早くから来ても嫌な顔されないし。ただ、お節介が過ぎるのよね)


 アタシが一人暮らししていることを知ってからというもの、心配だからかしきりに泊まっていくことを薦めてくるのはちょっと勘弁して欲しい。もちろん嬉しいのだけど、まだ心の準備が出来ていない。そういう意味では、初日からずっと楓と二人きりで暮らしている彩芽君の度胸を見習いたいと思う。


(彩芽君は生活のためやむにやまれずだから、アタシとは事情は違うんだけど。というか恋人の両親がいるときに家に泊まりに行くのって、お付き合いの段階を通り越してないかしら?)


 そう思いつつ親友達の顔を思い浮かべると、そういえば全員家族公認の仲だったことを思い出したので、アタシは考えるのをやめ出された麦茶を飲んだ。


「宿題を見てくれて助かるわ。心節って中学のときは宿題放置して写真撮影に没頭してたから」

「そうだったんですか?」


 向かいに座り、少し呆れたように心節君の昔のことを話す桃子さん。彼らしいといえば彼らしいけど、宿題を放置していたのが意外だった。アタシとの勉強は真面目にしていたから余計に。


「そうなのよ。でも、ここだけの話、今年の心節は相当真面目に宿題してたわ。お盆辺りは特に。それこそ、趣味のカメラよりも優先してね」

「えっ?」

「それで今日も朝早かったから宿題するのか聞いたんだけど、なんでか急に撮影しに外に出たの。あんまり撮影してないと腕が鈍るからって。そうまでして撮りたいものでもあるのかしら?」


 心節君の撮りたいものってなにかしら? そんな疑問を抱いていると、玄関の扉が開く音と、足音がした。この足音、まさか――!


「オフクロ、帰った――おい、なんで芹がここにいる? 帰省してるんじゃなかったのかよ?」

「......昨日帰ってきたのよ。それで心節君が勉強してるか心配だから確認に来たの。もっとも、心配なかったみたいだけど」


 いきなりの心節君の帰還に、アタシは平静を装って返事をした。内心どきどきだったりする。だって、電話はしてたけど顔を見たのは久しぶりだったから。その心節君は、アタシの台詞に引っかかるところがあったみたいだけど。


「おいそれどういう、まさかオフクロ!」

「じゃあごゆっくりー。私はジョギングに行ってくるから」

「おいコラ待ちやがれ! チッ、逃げられたか」


 露骨に逃げ出した桃子さんを追おうとした心節君だけど、アタシを家に残していくわけにも行かなかったのか、諦めたようだった。


「ねえ心節君、努力は恥ずかしいことじゃないわよ?」

「そうじゃねーよ。他のやつに見られるのはどうでもいいが、お前にだけは見られたくねーんだよ」


 そう言い放ちつつアタシから目線を逸らす心節君。いつもは格好いいのにこういうときは可愛いのよね。そんな彼を微笑みながら眺めていると、おもむろにカメラを向け写真を撮ってきた。


「ちょっ! 撮るなら一声かけなさいよ!」

「仕方ねーだろ! 撮りたくなったんだからな!」

「開き直らないで!」

「うるせー! こっちはお前が戻るまでずっと撮影を我慢してたんだ! これくらい自由にさせやがれ!」


 心節君が怒鳴りながら漏らした本音に、アタシは思わず固まった。桃子さんが言っていた、撮りたいものってもしかしてアタシ? その答えに辿り着いたアタシの心臓は一気に早鐘を打ち、自覚できるほどに顔が火照った。


「おい、なんか言えよ?」

「......心節君、好き」

「オレも好きだぞ。つーかお前様子おかしいがどうかしたか?」


 仕方ないじゃない。アタシを撮りたいために頑張ってたなんて聞かされたら、惚れ直すに決まってるじゃない!


 しばらくしてやっと落ち着いたので、本来の目的である夏休みの宿題に移ったのだけど、驚くべきことに心節君は宿題をほぼ終わらせていたのだ。


「すごいじゃない! 後回しにした問題も出来てるし、言うことないわね」

「ああ。お前が教えてくれたおかげだ。だからなにかお礼をしたい」

「お礼、ね。だったら心節君が愛用してるなにかが欲しいわ」


 自分の部屋に置いて、少しでも心節君の存在を感じたいから。そう答えると心節君はちょっと悩んで、アタシに使い込まれたカメラを渡してきた。


「中学時代の愛用品だ。それでいいなら持っていけ」

「ええ、大事に持っておくわね」


 この日からアタシの部屋は、少しずつ心節君の色にも染まっていくことになるのだった。今度、食器とお箸、あと歯ブラシも買っておこうかしら?

お読みいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ