第二十一話 彩芽くん、浴衣を着る
お祭り当日、午前中はかえちゃんとリンへの誕生日プレゼントを買いに行き、午後は午後で貰った木片を彫る感触を確かめ楽しんでいた。そうして六時になったのでかえちゃんとお祭りに出かけようとしたところ、玄関前で母さんに呼び止められた。あの、母さんもうちょっとしたら夜勤だよね?
「そうだけどそんなことより、あなた達そのままの服で行くつもり?」
「何か問題かな?」
「大ありよ。せっかく夏祭りで、デートなんだから浴衣着なさい」
「でも、かえちゃんはもちろん僕も持ってないよ?」
夏祭りには昔から私服で参加していたので、そんなものは持っていない。それは母さんが一番よく知っているはずだ。
「大丈夫よ。私が昔子供の頃と高校の頃に着てたのがあるから。古くても手入れはしてるから着られると思うわ」
「えっと、僕も母さんのお古を着ないといけないの?」
「樹さんのよりはサイズ的に着られるでしょう?」
確かに、父さんは標準的な体格なので僕が父さんの服を着るとぶかぶかになる。対して母さんは身長も体格も胸以外は僕と近いから、母さんの服は着る分には問題ない。
「そうだけど、もちろんそれ女物だよね?」
「当たり前よ。嫌なら無理は言わないけど、楓ちゃんと色違いで柄お揃いの浴衣だから」
「だったら女物でもいいよ」
「はぅぅ、子供用......あやくんとお揃いですから、いいですけど」
かえちゃんはヘコんでいたけど、自分の中で割り切ったようだった。女物とはいえ、かえちゃんと浴衣デート出来るのは僕にとっても想定外の吉報なので、母さんに着付けて貰いお互いの姿を確認する。
「かえちゃん、すごく可愛いよ。お姫様みたいだ」
かえちゃんは白地に青色の撫子柄の浴衣を着ていた。長い黒髪をそのままストレートにしているため、少し大人びて見えた。それでも、実年齢より下ではあるのだけど。
「あやくんも、とっても綺麗です。日本舞踊の先生みたいです」
「ありがとう」
僕は黒地に赤い撫子柄の浴衣を着た。かえちゃんとは真逆の色になっているが、統一感が出ていいと思った。下には短パンを穿いているので、突風対策も万全だ。仕上げに髪を留めて完成となる。かえちゃんとの記念写真を撮って、友人に送っておいた。
「ありがとう母さん。でも体操服の下を用意してたことといい準備よすぎない?」
「......本当なら、男物の浴衣を用意するつもりだったんだけど、彩芽に似合いそうなのがなかったのよ」
「じゃあ仕方ないか。別にどんな格好でも僕は僕だし。それより、そろそろ出るね」
「ええ。二人とも楽しんでらっしゃい。それと樹さんも遅いから、鍵は持って行きなさいよ?」
「大丈夫だよ。行ってくるね、母さん」
「撫子お義母さん、行ってきます」
草履を履き、二人で家を出て歩き始めたのだけど、かえちゃんは数歩で足元に違和感を覚えたようで、歩きにくそうにしていた。鼻緒が擦れて足痛めたのかな?
「はぅぅ、素足はちょっと落ち着きません。今度から足袋を履こうと思います」
「それならなずなちゃんに、足袋持ってないか聞いてみようか」
どうせお祭りに誘うついでだ。近くにあるリンの家を訪ねインターホンを押した。
「ごめんください。リンかなずなちゃんいますか?」
『おー、今行くよ』
返事をしたのはリンで、彼は薄い青のストライプ柄の浴衣を着ていた。なんか、男物がちゃんと似合ってて格好いいのがちょっと腹立たしい。一方、僕の姿を見たリンは吹き出していた。
「ちょっと、アヤってばなんで女の子になってるのさ! しかも撫子さんに激似じゃないか!」
「妥協の結果だよ」
「まあ、男物の浴衣は君が着るとはだけるだろうし、賢明だね。それで、俺となずなちゃんをお祭りに誘いに来たのかな?」
「それもあるけど、なずなちゃんって足袋持ってないかなって」
「あのさ、なんで足袋なんか必要なんだよ?」
怪しむリンに、かえちゃんが正直に理由を打ち明けた。
「その、わたしが素足苦手なものですから......このまま歩いていると足を痛めそうで」
「それならサクラちゃんには一旦うちに上がって貰おうか。なずなちゃんに、ちゃんと頼むんだよ」
「お、おじゃまします」
リンに促されたかえちゃんが、家の中へと入っていった。なずなちゃんの部屋の場所聞かなかったけど、大丈夫かな?
「大丈夫、今は俺となずなちゃんしかいないし。さっき父さんと母さんは先にお祭りに出てったから」
「相変わらず仲のいい両親だね」
「職場すら一緒の君の親の方が上だと思うよ」
二人でドアの前で話していると、かえちゃんとなずなちゃんが出て来た。なずなちゃんは花火柄の浴衣姿で、足元には黒足袋を履いていた。かえちゃんは白足袋だったが、二人の足元をよく見ると浴衣の裾より足袋が長いことがわかる。
「実はこの足袋だけど、丈がハイソックスと同じ。和風キャラのコスプレに使える。カエデちゃんのはニーソックス仕様」
「そうなんだ。すごくこだわってるんだね」
「アヤにいはいらない?」
「遠慮しておくよ。みんな揃ったし、かえちゃんも歩けるようになったからそろそろ行こう。時間は限られてるからね」
僕はかえちゃんと手を繋ぎ、同じくなずなちゃんと手を繋いだリンと並んで、夏祭りが開催されている神社へと向かったのだった。
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