第十四話 彩芽くん、久しぶりに登校する
八月四日の登校日、久しぶりの制服に僕達は身を包んだ。今日は猛暑日になるらしく、朝の時点ですでに暑いので、対策せずに登校するのは無謀でしかない。
「水筒は持った?」
「大丈夫です。日焼け止め塗りますか?」
「そうだね。あと帽子ないかな?」
「麦わら帽子が一つありますけど」
「じゃあそれはかえちゃんが使って。じゃあ行こうか」
暑さと日差し、熱中症対策を出来る限り行い家を出た。なるべく建物の影を歩いているものの、それでも纏わり付く熱に気力がどんどん削られていく。繋いだ手も汗で湿って来ているが、教室に入るまでの辛抱だ。
(教室は冷暖房完備だから)
昔に比べて暑くなったとは言われるが、その時代は教室に冷房なんてなかったらしいので、辛さはどっこいどっこいかもしれない。いや、ゴールが快適じゃない分、昔の方が辛いか。そんな益体もないことを考えながら、坂道に差し掛かった。
(まさかこのキツい坂が、天国に見えるときが来るなんてね)
坂の両端は桜並木になっているため日陰も多く、住宅街に比べ空気が心持ち涼しい。かえちゃんもそれを感じ取ったのか、ようやく口を開いた。
「何だか少し涼しいですね」
「そうだね。もうちょっと頑張ろうか」
「はい」
ゆっくりと坂を上って、校門をくぐり昇降口まで着いた。ここには冷房は設置されていないが、外よりは多少ましだった。
「あやくん、もう少しですよ」
「うん。しかしこれ、制服をまたクリーニングに出さないといけないね」
「お気持ちはわかりますが、お洗濯でいいと思いますよ?」
汗だくのまま教室に到着し、冷涼な空気に疲れた心と体が癒された。
「やっと着いた......」
「はぅぅ......」
「おはよう。アンタ達遅かったわね」
「久しぶりでやる気が出なかったんだろ」
心節達に会うのは勉強会以来になるんだけど、思ったよりもみんな日に焼けていなかった。
「夏休みなのに、外に出てないの?」
「宿題でそれどころじゃねーよ。つーかお前らも似たようなもんだろうが」
「まあね。進捗はどんな感じ?」
「オレは七割くらいだな。盆前には終わるんじゃねーか?」
本当かどうか念のため芹さんに目線で確認すると、縦に頷いたので間違いなさそうだった。
「終わったら、あとは勉強しないで一緒に過ごすってご褒美が効いたのね」
「そうなんだ」
「悪いかよ。それと芹、ご褒美の追加いいか?」
「いいわよ。心節君頑張ってるもの」
言質を取った心節は、ニヤリと笑い追加の内容を口にした。
「オレが満足いくまで、撮影モデルになってくれ」
「えっ、ちょっ、撮影モデルって!?」
「別に裸でとかは言わねーよ。水着くらいは着て貰うが、あくまで芸術的な意味でだ」
口元は笑っているものの、眼差しは真剣だった。そういえば心節って、写真撮影には真摯な態度で臨んでたよね。芹さんもそれが理解出来たのか、渋々ながらも引き受けた。
「わかったわよ。あまり人前で撮られたくないけど、ご褒美だから仕方ないわよね。水着はどこ?」
「今すぐじゃねーよ! つーか外じゃなくてお前の家で撮るんだっての!!」
「えっ、それならそうと早く言いなさいよ! 早とちりしたじゃない!」
「知るか! 大体常識で考えたらわかることだろ!」
ぎゃあぎゃあと、じゃれ合うように口論する二人。いつまでも見ていたい気もするけど、かえちゃんがオロオロしているので止めようか。
「二人ともストップ。確かに芹さんの勘違いしたのが悪いけど、そもそも心節も水着で撮影って普通は部屋の中でとか思わないよ」
「それもそうだな。悪い、芹」
「いいのよ。こっちこそごめんなさいね、心節君」
二人がお互いに頭を下げたので、夏休みの宿題へと話を戻し、今度は百合さんと牡丹さんの進み具合を尋ねてみた。
「百合は六割。私は七割。どっちともこのままでも余裕よ」
「だからデートしてたんだよ。じゃないと牡丹が許してくれないんだ」
「終わるまでは、ダブルデートまでよ」
「わかってるって」
集中力が続かない百合さんへの指導を牡丹さんに一任したが、しっかりやれているようだった。それにしても上手いやり方だ。下手にデートそのものを禁じてしまうと、サボる可能性が上がるところだけど、ダブルデートという妥協案を呑むことでやる気に火を付ける。
(昔からの親友ならではだよね)
登校日時点で六割なら、たとえお盆で進まなくても十日程度の余裕が出来るだろう。もしかしたらお盆前に終わるかもしれない。
「そういう彩芽達はどうなんだ?」
「僕とかえちゃんは八割くらいかな?」
「うわっ! すっごいハイペースだね!」
「帰省が長期になるから、今のうちにしておかないと大変なんだ」
「それなら持っていけばいいじゃない?」
「その、うっかり忘れちゃいそうですから」
そうなのだ。向こうに宿題を持っていって終わらせたはいいが、そのまま忘れて帰るという予感がどうしても拭えないのだ。それならいっそ持っていかず早く終わらせた方がいいと思い、かえちゃんには悪いけど頑張ってもらった。
「アンタ達らしいわね」
「まったくだ」
「まあ、彩姫って意外と抜けてるもんね」
「あと、意外と天然」
みんなに好き勝手言われたが、別に悪い気はしなかった。このあと、海崎先生から羽目を外さずこのまま過ごせというありがたい話をされ、そのまま解散となり帰宅した。なお、宿題忘れは即補習になるらしいので、地元に持っていかないと決断したのは英断だったようだ。
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