第十三話 彩芽くん、菊太さんと桐次くんに会う
牡丹さんの誕生日が過ぎた七月三十一日、僕とかえちゃんは帰省する準備のため、駅で時刻表の確認を行い、さらに駅前にある店で旅行用のキャリーバッグを購入して帰宅の途についていた。
「いいものが買えましたね」
「そうだね。これなら多少重くても持ち運べるよね、かえちゃん?」
「はい」
同じ大きさの荷物でも車輪が付いている分、持ち運びしやすい。非力な僕とかえちゃんにとって非常にありがたいアイテムだ。本格的な準備はもう少し経ってからするつもりだが、荷造りも楽しく出来そうだ。
「こんにちは。菊太さん、桐次さん」
「こんにちは。彩芽さんに、楓さん」
「ちわっす」
「こんにちは。あの、百合さんと牡丹さんはいないんですか?」
しばらく歩いていると、立ち止まって談笑している菊太さんと桐次さんにバッタリ出会った。思わず百合さんと牡丹さんの姿を探すが、近くには確認出来なかった。所在を尋ねると、桐次さんがこともなげに答えた。
「これからデートで、二人とも駅前で待ってるっす」
「えっ、でしたら話してないで早く行ってくださいよ」
「あやくんの言うとおりです」
待ち合わせで、相手を出来るだけ待たせたくないと考えている僕達にとって、待ってるとわかっていて悠長にしている二人の行動は理解の外にあった。
「大丈夫だ。今回は俺と桐次が遅れてきたって設定で始めることになっているからな」
「設定って、どうしてわざわざそんなことを?」
「どうしてって、二人きりのデートで絶対にやらないことをするのが、おれ達四人でのデートのルールっすから」
これがいい刺激になって、二人のデートをより楽しく出来るとのことだけど、そういった遊びは四人全員が気心が知れているからこそ出来るのだろう。
「わたしには真似出来ないです」
「僕にも」
「デートの楽しみ方は人それぞれだからな。それは自分達で見つけていけばいい。ところでその荷物、二人とも旅行に行ってきたのか?」
「違うっすよ兄ちゃん。これから行くんすよ」
菊太さん達は僕達がキャリーバッグを引いているのを見て勘違いしたようだった。普通こんな大荷物持ってたらそう思うよね。
「いえ、今度行くのでその準備として買ったんです。駅まで歩きですから、色々詰まったボストンバッグを持って歩き続けるのは疲れますし」
「なるほどな」
「どこに、何日行くか聞いていいっすか?」
「十日間ほど、かえちゃん連れて僕の地元まで」
「あやくんの実家にお泊りです」
実家に二人で泊まるという言葉から、桐次さんはあるイベントを連想してニヤニヤしながら確認してきた。
「あー、それっていわゆる実家に挨拶というやつっすか?」
「はぅぅ」
「ええ。それもやりますけど、一番はお盆の帰省ですね」
「やるのかよ。まあそんなもの着けていればおかしくもないが」
僕の左手薬指に光る指輪に、目ざとく気付く菊太さん。そういうあなたの指にも、あるみたいですけど?
「俺だけじゃないぞ?」
「おれもしてるっす。牡丹姉ちゃんとお揃いっす」
桐次さんの薬指にも、銀色の指輪が輝いていた。どちらも僕のものとは多少デザインが違うが、あまり飾り気はないのは共通している。
「誕生日に百合にねだられてな。男避けにもなるって言われたら断れない。いつか買うつもりだったが」
「おれもっす。金は足りてたっすけど、小遣いなくなったからしばらく兄ちゃんに借りることになったっす」
「お二人とも、買ってもらえたんですね」
「みたいだね」
勉強会以来、百合さんと牡丹さんとは会えていないが、無事に婚約指輪を手に入れられたことにホッとした。目の前の二人からはジト目で見られることになったが。
「ちょっと待て。元凶はあなた達か。まあ、これで次買う指輪が結婚指輪に固定されたのがありがたいか」
「追いかける身としては感謝したいっすけど。牡丹姉ちゃんが大学で言い寄られるって思うと心配っすからね。おっと、そろそろ行かないとマズいっすね」
腕時計を見て急に焦り始めた桐次さん。あの、一体どのくらい二人を待たせてるんですか?
「三十分っす!」
「それはマズいな。別にいつまででも待つって言われてるが、これ以上はさすがに予定が狂う。すまないが失礼する」
「はぁ、わかりました」
「あのっ、百合さんと牡丹さんによろしくお伝えください」
「了解っす」
そう言い残し、二人は駅の方へと走っていった。
「僕らも帰ろうか」
「そうですね。ところで、遅刻するつもりでいましたのに、どうして焦っていたのでしょう?」
「さあ? お店の開店時間か電車の時刻が迫ってたんじゃない? 気になるならあとで百合さんか牡丹さんにでも聞いてみるといいよ」
「わかりました」
あとで確認してみたところ、牡丹さんが見たがっていた映画の上映時間が迫っていたからとのことだ。内容は夏に相応しい大作ホラー映画の続編で、そうと知らず薦められるまま、前作を鑑賞した僕達。かえちゃんは途中で恐怖のあまり何度も気絶したが、中途半端に耐えられた僕は最後まで見てしまった。
「はぅぅ、一人は怖いです......」
「二人で寝よう。僕も怖いしかえちゃんがどうにかなったらもっと怖いから!」
二人揃ってリビングで震えながら抱き合って、眠れぬ夜を過ごす羽目になったのだった。
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