第十二話 心節くん、芹ちゃんと勉強する
心節視点です。彼にも悩みはあるようで。
彩芽の家で勉強会を開いて、数日が経過した。あれからオレは真面目に問題を解いていき、プリントと問題集の半数近くを終わらせた。いつもギリギリになってから宿題を行うオレにとっては快挙とさえ言える。
(アイツら、特に芹のおかげだな。頑張ったらご褒美っていう餌で釣られてる気もするが。つーか芹のやつ、毎日来てるが家事は大丈夫なのか?)
本人に確認したところ、午前中で終わらせているとのことだ。本当に働き者の彼女だ。休ませてやりてーが、一番の近道はオレが宿題を早く終わらせることだと気付いたので、勉強会中は遠慮せず質問することにした。
「なあ、この数式はこういう使い方でいいのか? 答えがおかしい気がするんだが」
「ええ。でもそのあとの計算が違ってるから、変な答えになってるのよ」
「......本当だな」
「まあでもちゃんと勉強してるみたいね。このまま何問か解いていけば、そのうち自力で間違えに気付けるわよ」
「おう」
数学の問題集を十ページほど進め、別の単元に切り替わった辺りで芹から質問が飛んできた。
「ねえ、一ついいかしら?」
「なんだ?」
「心節君の家って何度か来てるけど、一度もご家族の方に会ったことないんだけど、もしかしてなにか訳あり?」
ああ、そのことか。改まって聞かれたからなにごとかと思ったぞ。隠すような事情もないので正直に答えた。
「仕事で夜遅いってだけだ。ついでに言うと今日もいないぞ?」
「そう。いたら挨拶しようと思ってたんだけど」
「別にしなくていいぞ」
芹みたいな美人が彼女って知ったらうちの両親、何を言い出すかわからないからな。
「あら、ご家族のことは嫌いなの?」
「そうじゃねーよ。初めて出来た彼女だからって、根掘り葉掘り聞かれるのが面倒なだけだ」
「あー、そういう理由なのね」
「紹介したらしたで、そっちの親に挨拶しないといけないって、勝手に空回りし出すんだ。他にも中学時代、男女のグループ数名でうちの家で勉強したことがあったが、そのとき偶然いた両親が女子連中にオレの印象聞きまくって、気まずくなったことがあった」
「あはは、でもそれは親心ってやつじゃない?」
あれ以来、友達を家に呼ぶときは必ず両親がいないことを確認して呼ぶようにしている。この話を聞いた芹は、苦笑しながらもうちの両親の肩を持った。
「だとしたら余計なお世話だっての。アイツらとはそれっきりで、同じ高校に行くのを避けるため、必死に勉強したんだぞこっちは」
「そのおかげでアタシは心節君と会えたから、感謝しかないけど?」
「まあそれはよかったけどな。彩芽達と会ったのもそんなアホな理由で入学した学校で、何か面白いことねーかと探してたときだったからな」
結果として、極上の一瞬と最高に面白い友人と巡り会えたので、正解だったわけだが。
「人間万事塞翁が馬よ」
「なんだそれ?」
「人生何が起きるかわからないし、何か起きてもその結果が後々逆転することもあるってこと。さてと、そろそろ再開しましょうか」
「そうだな」
話していていい気分転換になったので、問題をひたすら解いていく苦行にも、前向きな気持ちで取り組めた。そして気付けば午後六時を回っていた。
「もうこんな時間なのね。そろそろお開きにしましょう。お疲れ様」
「お疲れ。今日もサンキューな。芹、家まで送っていくぞ」
「別に一人で帰れるわよ。夏だからまだ明るいし」
「女一人で帰せるかよ。この時間には特にな」
大体この時間はナンパが増える。この辺りは住宅街だが、芹の家に向かうまでに一度繁華街を横切るので安心は出来ない。その可能性に行き当たったようで、最終的には芹が折れた。
「わかったわよ。でも言ったからにはちゃんとアタシの家までエスコートしてよね?」
「もちろんだ」
家を出て、芹の手を握り歩き始める。ナンパ避けなら別に繋がなくても隣を歩くだけで充分だが、オレはそこまで甘くない。繁華街に差し掛かる辺りから繋ぎ方をいわゆる恋人繋ぎに変え、見せびらかすようにして道の中央を堂々と歩いた。
「ちょっと、心節君」
「いいじゃねーか。車道でもなければ自転車も通ってねーんだから」
「通行人にチラチラ見られてるわよ」
「見せつけてんだよ。お前が一人で買い物しててもナンパされねーようにな」
「ばか......」
そんな風に罵倒されたって、痛くも痒くもねーよ。住宅街に入ってからは端に寄って、比較的新しいアパートの三階まで上がり、芹の住む家のドアの前で手を離した。
「送ってくれてありがとう」
「彼氏だからな、当然だ」
「ねえ、彼氏なら次にアタシがして欲しいこと、わかるかしら?」
そう言いつつ、少し上を向いて目を閉じる芹。露骨すぎて迷ったが、オレは芹を抱きしめ、その唇に自らの唇を押し当てた。キスはもう何度したか覚えていないが、する度に芹への想いが強くなっていく。
「んっ......正解よ。心節君、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。芹」
扉が閉まると同時に踵を返し、心の中に溜まった自身の欲望を発散するように、オレは自宅までの道を全力で走り抜けた。
「お帰りー。ところでさっき一緒にいた女の子、彼女よね?」
「是非聞かせて貰いたいものだ」
「げ、オヤジにオフクロ。帰ってたのかよ」
どうやら繁華街で芹と手を繋いでいたところを両親に目撃されていたようで、観念したオレは後日芹を紹介する羽目になった。
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