第十一話 彩芽くん、勉強会を開く
夏休み初日、いつも通りに目覚めた僕はかえちゃんと朝食を食べ、比較的涼しいうちに洗濯と掃除を行った。掃除が終わる頃には気温が上がっていたので、来客対応と熱中症対策にダイニングの冷房をつけておいた。
「今日も暑くなりそうだね。かえちゃん、水分補給はしっかりね」
「大丈夫ですよ。今日はお友達が来ますので、いつもより多めに麦茶作りましたから」
「かえちゃん自身のことを言ったんだけどな。まあ一人じゃないから心配ないか――あっ、呼び鈴鳴ったね」
「九時四十分ですからちょっとお早いですね」
「とりあえず僕が出るから、麦茶頼むね」
「わかりました」
呼び鈴が鳴ったので玄関のドアを開けると、そこには女の子二人の姿があった。百合さんと牡丹さんだ。百合さんはガーリーな、牡丹さんは落ち着いた装いだった。
「いやー、今日は意外と暑いね」
「まだ午前中なのにこれは辛いわ」
「いらっしゃい。二人ともよく似合ってるね。冷房が効いたダイニングでかえちゃんが麦茶出してるから、ゆっくり休んでなよ」
「そうさせて貰うわ。お気遣いありがとう」
「彩姫、ありがとう」
二人がダイニングに向かったので、その間に僕はリビングで勉強出来るように準備を進めた。そして九時五十五分にまた呼び鈴が鳴り、訪れたのは心節と芹さんだった。
「邪魔するぞ」
「邪魔するなら帰って」
「おう」
「おう、じゃないわよ心節君。彩芽君もそういうのいいから」
芹さんに怒られてしまった。ちょっとしたユーモアなのに。
「ところで今回は食材持ち込みじゃなくてよかったの?」
「うん。勉強会なんだし、作る時間が惜しいから今日は出前にしようかなって」
「そうか。だったら代金は割り勘でいいか?」
「別にいいよ。誕生日会がそうだったから、こういうときくらい出させてよ」
「悪いな」
心節と芹さんをかえちゃん達の待つダイニングへと案内して、冷たい麦茶でもてなした。
「サンキューな」
「ありがとう。それにしても、アタシ達より先に百合さんと牡丹さんが来てるとは思わなかったわ」
「今日は菊太さんが配達のバイトでいないんだよー」
「桐次君も同級生と勉強会だから」
「百合さんはともかく、牡丹さんはそっちに顔出してからでもよかったんじゃないかな?」
「勉強会に女子がいたら牽制目的でそうしたけど、男だけだから桐次君に来るなって言われたのよ。変な目で見られたくないって」
桐次さん、ちょっとやんちゃで子供っぽい印象だったけど、すごく男らしいこと言うんだね。
「愛されてるわね、牡丹さん」
「そうね。でも百合の彼氏の菊太さんだって、百合と二人きりの旅行がしたいって理由でバイトしてるから、兄弟揃って彼女想いなのよ」
「だから、寂しいけど我慢してるんだよー」
「なるほどね。じゃあ二人とも、彼氏ががんばってるから、同じくらい勉強会を頑張ろうか」
「元からそのつもり。百合も頑張って」
「わかってるよー。だって昨日旅行の予定聞いたら夏休み中って言ってたもん。絶対早めに終わらせるから」
百合さんがやる気に満ちあふれていたので、そのままリビングに移って勉強会が始まった。まずは予告通り読書感想文からだ。
「読む本は何でもいいっていうのが、逆に難しいよな。漫画でもいいのか?」
「いいけどあまりオススメはしないわ。御影先生だけだったら許してくれるだろうけど、宿題の確認が他の先生だったら再提出よ」
「残念だね。そっちなら余裕で書けるのにね」
「じゃあ、その漫画と似たようなジャンルの小説でやってみたら? 念のためライトノベルじゃなくて、普通の小説で」
「どう書けばいいかわかりません」
「素直に思いの丈を綴った方がいいよ」
芹さんは本を読み、牡丹さんは自分の感想文を作りながら、かえちゃん達の質問に答えていく。ちなみに僕は昨日のうちに書き終えている。
「こんな感じでも、多分通るよ」
「えっと、これ真面目に書いてるのはわかるけど、怒られない?」
「感想文には違いないし、独創的だけどウィットにとみすぎてるわ。これ出すくらいなら漫画の感想文の方がいいと思うわ」
「そうかな?」
「ちょっと見せてみろ」
牡丹さんと芹さんに不評だった感想文が気になったのか、心節が僕の手から奪い取って読み始めた。読み終わった心節は一言、
「オレはありだと思うぞ」
と評価してくれた。それを聞いて読んだ百合さんは微妙な顔をしていたけど。
「これ、面白いし感想文には違いないけど、どこをどうしたらこういう視点で書けるのかな?」
「逸話として知ってたネタを、その当時の言葉に直してね。書くの苦労したんだよ?」
「その、こういうの御影先生はあまり好みではないと思います」
「かえちゃんに言われたなら仕方ないか」
まあこっちを一度提出してみて、もし駄目だったら今から書くものを出すつもりだ。他のみんなと一緒に作品選びから行い、書き始めた。お昼になる頃には、全員感想文が多少でも書けていたため、ここで区切ることにした。
「こんな感じで書いていけば登校日には余裕で終わるよ。さて、お昼の出前だけど、食べたいものの希望はあるかな?」
出前というか外食に慣れていないかえちゃんを除き全員がピザと答えたので、四人が食べたいトッピングを選んで注文した。食べ過ぎてちょっと苦しかったので休憩を挟み、勉強会が再開された。まずは読書感想文の完成を優先することになった。
「また読み直すのもめんどくせーからな」
「牡丹ー、ひとまずこんな感じでいい?」
「うん。大丈夫だからこのまま続けて。私はその間に、問題集を確認しておくわ」
「頼むね牡丹さん。僕もすぐに終わらせるから」
「彩芽君の感想文、まともなのかチェックしないと。楓にも読ませて、大丈夫そうなら完成ってことで」
「責任重大、ですね」
完成した感想文はかえちゃんから太鼓判を押されたので、このまま問題集やプリントの確認作業に移る。七割ほどはちゃんと勉強していれば解ける程度だったけど、二割五分は応用問題で残りが難問だった。応用と難問に付箋を貼っていき、まずはそこ以外をするように全員に通達した。
「これ、難問はアタシでも苦戦するやつじゃない」
「多分この辺は、解けるものなら解いてみろって先生からの挑戦状だと思えばいいよ」
「そう言われるとやってみたくなるわ」
「オレらもしねーといけないのか、この問題?」
「問題文の時点で、もうわからないよ」
「その、基本問題だけじゃ駄目ですか?」
「多分いいと思うけど、応用問題に挑戦した痕跡くらいは残しておこう? 解き方のヒントくらいは出してあげるから」
初めからしていないのと、したけど間違っているのでもしかしたら評価が違ってくるかもしれないし。多くの先生が、テストは白紙で出さず何でもいいから書けと言っていたので、多分評価してくれるはずだ。
「わかりました。基本が終わったら頑張ってみます」
「彩芽、ここはどうすればいい?」
「最初の方に習ったじゃない。ここは――」
夕方になり勉強会をお開きにするまで、僕達は夏休みの宿題をひたすら解き続けた。その甲斐あって、毎日五分ずつしかやらなくても終わりそうなほどには片付いた。
「芹さんに牡丹さん。最終日に慌てないでいいように、しっかり心節と百合さんの勉強見てあげてね」
「もちろんよ。終わってからじゃないと安心してデート出来ないから。心節君、頼むわね?」
「ああ」
「私も、菊太さんに終わるまでデートはなるべく控えるよう伝えておく。でも桐次君も菊太さんに同じ条件出されてるから多分通るわ。それまでは一週間に一回のダブルデートで我慢して」
「ちゃんと真面目にやるって。そうじゃないと、菊太さん以外とも遊べないし」
「はい。お勉強終わったら遊びましょう」
「外に菊太さんと桐次君が迎えに来てるからそろそろ行くね」
「それじゃあ、お先」
「はい。あの、またです」
「オレらも帰るか。芹、家まで送ってやる」
「お願いね。二人とも、また会いましょう?」
「うん。また今度」
みんなを見送ったあとは二人きりの勉強会になった。
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